1、作品の概要
『古都』は川端康成の長編小説。
1962年6月25日に刊行された。
朝日新聞1961年10月8日号~1962年1月23日号に連載された。
海外での評価が高く、ノーベル文学賞の受賞対象作にもなった。
口絵を東山魁夷が担当した。
文庫版で233ページ。
1963年(岩下志麻主演)、1980年(山口百恵主演)、2016年(松雪泰子主演)と3度映画化している。
古都、京都を舞台に運命に引き裂かれた千重子と苗子の再会と交流、そして滅びゆく日本的な美を描いた。

2、あらすじ
京都の呉服問屋の一人娘として寵愛されている千重子。
両親から溺愛されながらも、自分が捨て子ではないかと疑念を抱く日々。
幼馴染の水木真一、兄の竜助、西陣織屋の長子の秀男、千重子に想いを寄せる男たち。
しかし、生き別れの双子・苗子との再会より運命の歯車が再び動き出す。
古都を舞台に、いくつもの想いが交錯し、絡み合い、解けていく・・・。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
実家の親父の蔵書をかっぱらったシリーズです。
昭和に刊行されていた平成ジャンプ書籍ですな。
数十年ぶりに再読しましたが、物語も、京都の町の描写も素晴らしい作品でした。
4、感想(ネタバレあり)
日本の古都である京都を舞台に、四季を巡り人々の想いが交錯していく典雅な物語。
京都の名所や、お祭りなども出てきて脳内京都トリップできて良かったですな~。
「かなしみ」「幻」などのワードがどことなく『雪国』の鏡のイメージにかさなるところがあり、千重子と苗子の生き別れになった双子の少女たちの数奇な運命を想起させられました。
文庫版の解説にもあったように、もみじの古木の幹のくぼみに咲いた2株のすみれ。
互いに上下に別れているために、それぞれの存在を知ることがない。
千重子は、そんなロマンチックな連想を2株のすみれにしますが、まさに生き別れになってお互いの存在を知ることがないはずだった千重子と苗子の境遇の隠喩のようです。
壺のなかで飼われる虫たちの「壺中の天地」も、与えられた環境を当然のものとして受け入れて生き続ける人々の運命のかなしさを描いているように感じました。
『古都』は川端康成の晩年に描かれた作品で、『みづうみ』『眠れる美女』などの魔界と呼ばれる後期の怪しげな作品が書かれた時期に執筆されています。
これが僕にとってはちょっと意外で、『雪国』を書いた時期当たりの抒情的な日本の儚い美を描いた作品なのだろうと思っていました。
海外で特に評価が高く、京都の名所と四季に美しい2人の少女のかなしい運命と恋情を絡めて描くこれでもかというくらい情緒的な作品だと認識しています。
川端康成の代表作のひとつでもあるかと思うのですが、自身のあとがきにおいて「私の異常の所産『古都』」と言っています。
えっ、こんな美しく国語の教科書にも載りそうな作品が異常の所産だって?
左手で書いたとか、鼻の穴に鉛筆突っ込んで書いたとかそういうことなん?
とか、思っていましたが睡眠薬を常用しすぎて依存症となり、ラリッて書いてたから『古都』なにをどう書いたか全然覚えてねーっす、てへぺろ。
っていう、ことみたいです。
いや、どんだけラリってたんすか(笑)
ヒロ氏もたまに酒でラリってブログ書いてて、記憶がないままに書いてることがあるので、うっかり『古都』レベルの作品を・・・、書けるわけはありません。
失われていく日本的な美。
はっきりとは言及されていませんが、呉服問屋の商売に陰りが見えたり、減産したりと、どことなく時代の変化の始まりを予感させるようです。
かつて、この国の中心として栄華を誇った古い都。
華美な記憶の集積、過去の残滓。
どことなくメランコリックな空気を文章の隙間から感じたのは僕だけだったでしょうか?
中京にある呉服問屋のお嬢様である千重子と、山奥に住み北山杉の加工をしている苗子。
対照的な2人ですし、捨てられたはずの千重子が洋服問屋の一人娘として、両親の寵愛を受けて幸福に暮らしているのが運命の皮肉というか、不可思議なところでしょう。
外見的にも美しく、心根も真っすぐな千重子に周りの男子もメロメロで、真一、秀男、竜助らは千重子に首ったけ。
捨て子、という設定は自らを「孤児」と称した川端康成の自己投影が少しはあったのでしょうか?
しかし、苗子も両親に愛されて育ったわけではなく、2人とも早くに他界し杉山持ちの村瀬家に奉公に出ている孤独な境遇。
彼女も孤児で、千重子より厳しい境遇にいるのですが、そんな幸福と言えない自らの境遇にもめげずに北山杉のように真っ直ぐに育っています。
2人ともめっちゃいい子なんすよ。
ぜひ、息子の嫁に欲しいですね(笑)
貧しい境遇で暮らす苗子を慮り、引き取ることを勧めてくれ佐田夫妻もどんだけ千重子を溺愛しとんねんって感じですが、苗子は環境の違いから固辞します。
京都の呉服問屋のお嬢様と、山奥の林業を営んでいる山娘。
まあ、たしかに環境は違いすぎますわな。
世田谷と奥多摩ぐらいの差はあります。
同じ東京でも大違いみたいな。
それでもお互いを思いやる千重子と苗子のシーンはとても尊く美しいものでした。
巡り合うはずのなかった2株のすみれの邂逅。
山中で、雨から千重子を庇って身を投げうってずぶ濡れになった苗子。
千重子は、苗子と一緒に暮らしたいと自宅に招いて一緒に眠り幸福な一夜を過ごす。
こんなにお互いを想い合っているのに、離れ離れに暮らさなければいけないのかと、運命の数奇さが恨めしくもあり、それがための哀しい美しさと、幻のような2人の邂逅に儚さを感じました。
5、終わりに
この作品で出てくる北山杉を、川端康成と親交が深かった東山魁夷が描いて、その絵を贈ったという2人の交流を偲ばせるエピソードがあります。
京都の風景と季節の行事も印象的でしたが、一番印象的だったのは北山杉でした。
いや、めっちゃわかるわ~東山魁夷さんよぉ。(馴れ馴れしい)
数年前に『巨匠が愛した美の世界 川端康成と東山魁夷』というテーマでEHMの愛媛美術館でも展覧会がありました。
川端康成の美術コレクションの展覧会だったのですが、東山魁夷の『北山杉』とか『北山初雪』のモノホンが観られて嬉しょん寸前でした。
ちなみにこの記事をブログで書いたような記憶があったのですが、どこにも見当たらずに時空の狭間に飲み込まれたのか、キツネにつままれたような心持でございます。
やっぱ、川端康成いいっすな~。
最近、個人的に日本近代文学ブームなんで、『山の音』『千羽鶴』あたり再読してみたいです。
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