ヒロの本棚

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【本】夏目漱石『それから』~懊悩と逡巡の先に至る破滅~

1、作品の概要

 

『それから』は夏目漱石の長編小説。

1910年1月に単行本が刊行された。

1909年6月27日~10月14日まで朝日新聞に連載された。

三四郎』『それから』『門』へと続く、前期3部作の2作目。

文庫版で344ページ。

1985年に松田優作主演で映画化された。

親の援助暮らす無職の30歳男・代助が、親友の妻・三千代へ恋焦がれるさまを描いた。

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2、あらすじ

 

裕福な実家に頼って、優秀な成績で学校を出たにも拘わらず無職でぶらぶらと暮らす30歳の代助。

親友の平岡が就職していた銀行を辞めて、3年ぶりに上京し、借金を作って困窮していることを知った代助。

平岡と、その病弱な妻・三千代のために金策に奔走する。

代助は、かつて三千代に恋焦がれていたが、彼女の幸せを願って身を引き、平岡を紹介したという経緯があった。

実家から恩義ある財閥の佐川の令嬢との結婚を迫られ、三千代のことを忘れて佐川の令嬢と結婚するか、三千代との路ならぬ恋に生きるかの2択を迫られる代助。

逡巡の末に彼が下した決断とは?

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ

 

三四郎』の次にうっかり『門』を読んでしまい、3部作の順番を損なってしまってはいましたが、近々『それから』も読んでみたいと思っていました。

ブックオフでせこく110円でゲットしようとしていましたが見当たらず、図書館で借りて読みました。

夏目漱石は、自分の中でホットな作家の1人で、近々後期三部作も読んでみたいと思っています。

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4、感想(ネタバレあり)

 

後世に残る名作である『三四郎』『それから』『門』の前期三部作ですが、新聞連載ということもあってほぼ1年ごとに発表しています。

これだけの名作を矢継ぎ早に発表するとは、漱石恐るべしです。

作家としての活動期間はわずか12年ほどで、彼がどれだけ短い期間に名作を生みだしていったのかが窺い知れます。

そりゃお札にもなるわ(笑)

 

前期三部作は、恋愛小説とのことで、たしかに恋愛が物語の主題になってはいるのですが、イチャイチャやドキドキはほとんどなく、苦しみや懊悩が描かれています。

甘酸っぱいとか、ほろ苦いとかではなくて、食いしばった歯茎から溢れる血の苦さみたいな印象ですね。

三四郎』では、まだ青春感ありましたが、『それから』『門』は恋愛のドキドキより、責任や罪みたいな重々しい側面が描かれています。

いや、現代が浮かれているだけで、100年前の日本ってそんな感じだったのかな?とか思ってしまいます。

 

文庫版の解説でなるほどと思ったのが、三千代=美禰子(三四郎)という解釈。

三四郎に惹かれる気持ちもありながらも、煮え切らない態度に業を煮やして愛のない実利的な結婚に身を委ねた美禰子。

『それから』は、美禰子のそれから。

愛のない結婚をした女性の行く末を描いているとも言えます。

お前がSTARY SHEEPやんけっ!!

って、うっかり伏線回収。

 

『それから』のそれからを描いたかのような『門』では、親友を裏切って結婚した宗助と御米の、世間から後ろ指を指されながら罪人として生きるような薄暗い日常が描かれていました。

当然予期される薄暗い未来。

なぜそんな路ならぬ恋を貫いて、未来を破壊しなければならなかったのか?

全てを焼き尽くすような情愛。

それだけではなく、責任や、愛する三千代の不遇な現状を救わなければならないという、強い使命感や、一種の強迫観念のようなものも感じました。

 

ただの三角関係というだけではなく、他人の妻を簒奪するのですから人の倫を外れること甚だしく、家族からも社会からも激しく非難され、断絶することになる未来は容易に想像できたはず。

それでも、代助を動かしたものは狂気にも似た激しい感情でした。

昼行燈の代名詞のようなぼんやりした代助がこんなふうに変容してしまうとは・・・。

序盤ののんびりして、少しユーモアも感じるような彼が、三千代との恋愛から抜き差しならぬところまで自らを追い詰めていく様は、読んでいて息苦しくなるように感じました。

 

まるで、自ら破滅を追い求めるような激しさ。

代助のどこに、こんな思い切った取り返しのつかないような逸脱を追い求めるような狂気が潜んでいたのか。

終盤は、読んでいて胸が苦しく僕のまわりの酸素がどんどん薄くなっていくような心持でした。

いや、もう令嬢と結婚してたまに三千代に金渡しときゃいいじゃんよー。

 

こんな破滅と決別を招き入れるような結末に辿り着いたのは三千代への恋慕の他に、韜晦と日々を送る自らの無為な日々に終止符を打つためでもあったのでしょうか?

だとすると、代助はこの上なく不器用な人間だと思いますし、心の奥底で責任を受け入れて、自らも社会の荒波に揉まれたいという欲求が切にあったように思います

平岡の手紙によって、実家からも縁を切られて、三千代も病で明日の命も知れない。

仕舞には世の中が真赤になった。そうして、代助の頭を中心としてくるりくるりと燄の息を吹いて回転した。代助は自分の頭が焼き尽きるまで電車に乗って行こうと決心した。

いや、もう現世に生きながら地獄の燄に焼かれるような、凄惨な未来を想像させられる狂気的な暗示に満ちた結末。

三千代の生死も定かではなく、平岡の腹の内も判然とせず、ただ一人が狂ったように街を徘徊する。

漱石神経症的な一面が出た終盤だったと思いました。

 

 

 

5、終わりに

 

どことなく、ぼんやりした序盤から、代助の懊悩と逡巡が語られ、怒涛の終盤からの破滅的なラスト。

恋愛小説、だとぉ?

って、感じでした。

 

いや、常に苦しんでるよね?

現代みたいにコッソリおいしいランチした後にラブホ行ったりとか、ドライブ行ったりとか、バーで「君の生まれた年のワインだよ?」とか言ってみたりとかしてないやん?

なにが楽しいんすかとか思いますが・・・。

しかし、夏目漱石作品の恋愛は三角関係とか、妻や恋人を強奪とか、昼顔もビックリなドロドロ具合ですねぇ・・・。

それでも、文章や会話はリズミカルで、やっぱり読みやすさを感じました。

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