1、作品の概要
『杳子』は、1971年に第64回芥川賞を受賞した。
1979年に『杳子・妻隠』で文庫化された。
272ページ。
神経を病んだ杳子との異様な恋愛を描いた『杳子』と、若い夫婦の周囲から
孤立した生活を描いた『妻隠』の2編が収録されている。

2、あらすじ
〇杳子
登山の途中で谷底に座っている杳子と出会った大学生の男。
2人は一緒に下山し、定期的に会うようになるが、徐々に杳子の異常な言動が顕れてくる。
やがて恋仲のようになり、体を重ね合わせた2人だったが・・・。
〇妻隠
アパートで2人で暮らす寿夫と礼子の若い夫婦。
会社で勤務中に高熱を出して帰宅した寿夫は、隣の住み込みの工務店のアパートのヒロシに助けられる。
礼子と同郷だというヒロシと緩やかに交流する夫婦だが・・・。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
古井由吉は、以前から気になっている作家の1人で少し前に遺作の『われもまた天に』を読みました。
初めて読んだのが遺作ってどないやねんって感じなのですが(笑)
私小説的な内容、豊かな情景描写など文学的な香りが漂ってきて好感が持てました。
芥川賞受賞作の『杳子』はぜひ読んでみたいと思っていて、ブックオフで売っていたので即GETしました。
表紙からなんだか不穏でいい感じすね(笑)
4、感想(ネタばれあり)
〇杳子
大学生同士の恋愛(?)が主に描かれているはずなのに、燃え上がるような情愛も、切ない恋慕も、一切存在しません。
この小説を一言で表すと「奇妙」です。
ストレンジ・デイズな感じ。
杳子との出会いの場面からして尋常ではなく、どこか執拗で偏執狂な描写で谷底に座っていた杳子との遭遇が描かれています。
邂逅ではなく、まさに遭遇といった感じ。
リアリズムの小説ではありますが、どこか阿部公房の幻想怪奇的な世界と繋がっているような、妖しげな世界観をもった物語です。
一緒に下山した大学生の男女が3か月後に偶然再会する。
イヤン、ロマンティックとか思ったら全然溌溂とした甘酸っぱい青春ではなく、杳子の生態観察みたいな逢瀬で、会話も弾まずに、この人たち何が楽しくて会ってるんだろ?みたいな感じでした。
神経を病んでいて不安定な杳子。
彼女との軀の交わりに耽溺しながらも、肉欲というには程遠く、どこか醒めたものを感じる関係。
しかし、お互いの結びつきは強くて、底なし沼へと一緒に沈んでいくような泥沼で絡み合いながら生きていくような2人の関係性の特殊さを感じました。
〇妻隠
閉鎖的で、倦怠期のもっと先の熟年期の寄り添いのような。
若くてもっと情愛ほとばしる交わりがあっても良いようなのに、どこか閉じていて、枯れている感じが『杳子』と似通っているものを感じました。
ただ、夫婦ということでそこに生活が重なり合っていて、どこか生々しさを感じさせられました。
子供がいないことで、どこかしら夫婦というより同棲時代の延長のようでもある脆く儚い2人の日常。
寿夫に嫁を斡旋しようとする老婆の存在や、隣のアパートで妻の同郷のヒロシの存在など、どうということはないエピソードなのですが、そんな些細なことでも崩れてしまいかねないような2人の不確かな結婚生活が物語られているように思います。
そんな危うさが日常の描写の端々に描かれている。
激情とは程遠く、緩やかな結びつき。
そんな日々の物語がとても鮮明に表現されているように思いました。
5、終わりに
男女の濃密な関係性の物語であるにも関わらず、情愛に欠けて、激情とは程遠いような2編の中編小説。
渇き、閉じているような感じがとても独特で良かったです。
夕暮れの薄暗さを感じさせられるような、昏い物語。
その狭間にちらつく淫靡さ。
仄かな肉欲が物語に艶を与えているように思いました。
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