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【本】三島由紀夫『禁色』~美しいことは正義。軽佻浮薄な悠一の生き様は、戦後の噎せ返るような芳醇な生への希望~

1、作品の概要

 

『禁色(きんじき)』は三島由紀夫の6作目の長編小説。

1951年11月10日に『禁色 第一部』が刊行され、1953年9月30日に『秘楽 禁色 第二部』が刊行された。

第一部が『群像』の1951年1月号~10月号に掲載され、第二部が『文學界』の1952年10月号~1953年10月号に掲載された。

総ページ数は第一部が300ページ、第二部が306ページ。

新潮文庫の文庫版は1冊で573ページ。

全33章からなる。

三島が20代の総決算として書かれた力作。

女に裏切られた老作家が女を愛することができない同性愛者の美青年を使って、女性たちに復讐を企てる。

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2、あらすじ

 

醜い容姿で、女性に裏切られ続けてきた老作家の檜俊輔。

彼は、3度の離婚を経験し、他にも女性に騙されたりして愛されなかったことで憎しみを抱いていた。

淡い恋心を抱いていた、若く美しい康子を通して世にも美しい美青年・南悠一と知り合った俊輔は、彼から女性を愛することができないという苦しみの告白を受ける。

悠一を利用して、女性たちに復讐することを決意した俊輔は、彼に経済的援助をする代わりに女性たちを奈落の底に落とす手伝いをすることを持ち掛ける。

俊輔の傀儡となり、康子と愛のない結婚をした悠一だったが、一方でゲイバーの「ルドン」に入り浸り、その類まれな美しさからさまざな男達と関係を持つようになる。

自らの美しさを自認した悠一は、俊輔をかつて陥れた女性たちに復讐を開始するが・・・。

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ

 

女に裏切られ続けた醜い老作家が、美青年のゲイを使って女たちに復讐する。

いや、ストーリーがもう香ばしすぎでしょ(笑)

Xで感想を書かれていた方がいらっしゃって、面白そうだったのでちょっと前にブックオフで100円でゲットしていました。

文体が硬質で読みにくくて、しかもめっちゃ長いのでちょっと寝かしていたのですが、最近なぜか近代文学モードになっているので読んでみました。

 

 

 

4、感想(ネタバレあり)

 

『禁色』は、三島由紀夫が20代の総決算として位置付けた意欲作です。

老作家・檜俊輔が、ゲイの美青年・悠一を巧みに利用して、自分を冷たくあしらった3人の女たちに復讐を企てるという、フェチっぽさがプンプンと香ばしい作品ですが、俊輔と悠一のみならず、彼らを取り巻く登場人物たちの細やかな心理描写が物語に厚みをもたらしています。

ゲイを取り扱った小説という点では、初期の名作『仮面の告白』があげられますが、一人称で男性しか愛することのできない青年の性的倒錯と葛藤を悶々と描いた『仮面の告白』に対して、『禁色』の悠一はその美貌をでゲイコミュニティのアイコンとなり、とっかえひっかえ様々な男たちと肉体関係を結び、のびのびとゲイとしての自分の人生を生きています。

 

自身の内面を取り扱った私小説的な内容が好まれていた文壇からは拒否反応もあったようですが、『禁色』は私小説的内容や、近代的自我を取り扱ったような従来の日本文学とは一線を画しており、美しくあることで他者の愛情と尊敬を享受し、飽きたら冷たく切り捨てられてもなお崇拝され続ける悠一の姿が描かれています。

いや、傲慢でしょ(笑)

妻帯者でもあり、子供も産まれたのに、家庭も顧みずに酒池肉林の狂乱の日々を送る悠一。

多くの人々が彼に貢いで、冷たく袖にされても彼を恨まずに崇め続け、そのことに対しても少しも良心の呵責を感じない悠一。

太宰治とかだったら、「家庭破壊者」としての自分の人非人ぶりを自ら責めつつ、それでも遊ぶことをやめられずに内面のドロドロしたものを書きそうですがね。

 

物語の構図として、最後にカタストロフィーが待っているのではないか、こんな傍若無人が許されていいのか?とか、読みながら思っていました。

しかし、物語の最後に待っていたのは、憐れで醜い老人の俊輔が自死し、悠一に莫大な財産を譲るという(悠一にとってはある意味)ハッピーエンドでした。

えっ、天罰とか下んないの?

悠一も自分を導いてくれていた存在のはずだった俊輔の死にも、ほとんど何の感慨も持たず、物語はあっさりとした終結を迎えます。

完全な美。

完璧な美しさを持った青年である悠一は、どれだけ多くの男女に愛され、その運命を狂わせても一顧だにしない。

かわいいは正義」って言葉がアイドルかなんかのキャッチコピーでありましたが、『禁色』のキャッチコピーは「美しいは正義」って感じかもですね。

悠一の存在、人生がそのまま既存の近代文学に対するアンチテーゼであるかのようにも感じました。

 

序盤は、俊輔が主人公のような感じで、悠一はあくまで俊輔の復讐のための操り人形のようでした。

しかし、たぐいまれなる美貌を持ち、高い知性も兼ね備えていた悠一は、女性との駆け引き、他者の心理を操るような俊輔の手管を吸収し、ついに彼の手のひらから飛び出してしまいます。

俊輔が、康子を追いかけて行った小田原で出会った「奇貨」のような悠一。

女性を愛することができない彼の告白を聞いた俊輔は、彼を解き放ち康子との結婚を勧めることでのちのち自らを追い詰めるような怪物を育ててしまいます。

物語の主役さえも悠一に乗っ取られる感じで、なんとも憐れですね( ;∀;)

 

木乃伊取りが木乃伊になる」じゃないですが、ゲイじゃなかったはずの俊輔も悠一を愛すようになってしまう。

美しいということはこれほどまでに万能で、多くの人の人生を狂わせてコントロールすることができるのか?

仮面の告白』『金閣寺』と、美と自我の懊悩を描いた作品を発表した末に、その一切の呪いから解き放たれて自由闊達に歪な性に耽溺する美しい青年を描いた『禁色』

「生きなければならぬ」という重々しい生への渇望もなく、当たり前のように人生を闊歩し、踊るように軽やかに生きる悠一。

1951~1953年に描かれた作品ということで、やはり「戦後」というキーワードが浮かんできます。

額に汗しながら唸るように生を語るのではなく、軽やかにステップを踏むように現世の無明の闇をすり抜けていく。

重厚な文体に比して、無責任でポップな悠一の生き様は、戦後の噎せ返るような芳醇な生への希望を表現しているようにも感じました。

 

文体は硬質で重厚でありながらも、物語はキャッチーでポップ。

そんな印象の作品でした。

 

 

 

5、終わりに

 

パソコンがぶっ壊れた影響もあり、読後1か月以上経過しての感想で、正直あまり深いところまではさらえていない感想です。。

いつか再読して、書き直してみたいですね。

金閣寺』『仮面の告白』のような近代文学の金字塔とも言うべき傑作を生みだした三島由紀夫ですが、他方で『夏子の冒険』『愛の渇き』のようなキャッチーな大衆文学も読みやすい文体で書いていました。

その経験が『禁色』にも生きて、様々なテーマを問いながらも、物語としてのダイナミズムや妙味を持ち合わせた作品を生みに至ったのではないかと感じました。

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