ヒロの本棚

本、映画、音楽、写真などについて書きます!!

【雑記・お題】「最近捨てたもの」について!!

今週のお題「最近捨てたもの」☆

 

いらなぁい、なぁにぃもぉ!!

捨ててしぃまおぉ!!

って、物を捨てる時に脳内の稲葉浩志がシャウトしてしまう、B’Zを聞いて育った世代のラブがファントムしている僕が来ましたよ?

お疲れ様です。

のっけから失礼いたします。

新緑の候、皆様におかれましてはご健勝のことと存じます。


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今週のはてなブログさんのお題。

「最近捨てたのもの」ですか。

はいはい。

それはもちろん、どうて・・・。

 

いや、失敬。

不適切にも程がありました。

最近、下ネタを言いたくても、言いたいことも言えないこんな世の中じゃポイズン状態で、ハラスメントハラスメントが気になって平身低頭。

ブログ初期の捨て身の下ネタも鳴りを潜めている次第であります。

 

最近は、「断捨離」という言葉も流行っていたりして、潔く物を整理することが推奨されているようですね。

突き詰めるとミニマリストみたいになってしまうのでしょうが、そこまでいかなくても不要な物を捨ててシンプルな暮らしをすることが推奨されているようですね。

ちなみに、母はめっちゃ物持ちが良くて、息子らを実家に預けた時に僕が使っていたオマルやらcombiのプラ食器が活躍していたのには驚愕しました。

まあ、田舎の家だから倉庫とか収納も多いですしね。

 

 

 

☆物持ちが良いから断捨離へ。変化する価値観☆

 

そうなんです。

昔は、「物持ちが良い」という言葉があったのです。

最近はあまり聞かれなくなりましたが、物を大事にして取っておくことが美徳とされていた時代もありましたが今や昔。

時の流れは残酷なもので、過去の美徳は現代の悪徳に早変わり。

いつまでも不要な物を所持しておくことは、悪しき習慣として断罪されるようになりました。

 

たとえば、衣服でも昔は修繕しながら長く着ていました。

一張羅なんて言葉もあったものです。

しかし、現代では安い衣服が大量生産され、繕いながら着るより、捨てて新品を買うことが推奨されたりしています。

電化製品なんかでも、修理しようとしたらもう部品がないとか、修理するより新品を買った方が安上がりですよとか言われて新しいものを勧められたりします。

 

消費消費消費消費消費。。。。。。

しかしながら、これが高度経済社会の成り立ち。

消費し続けることで、経済は発展し、皆が富んでいくという仕組み。

モノはあらかじめ壊れやすく作られていて、壊れたらすぐに次のモノを買うことを勧められたりします。

 

清貧、とひっそり呟いてみても、もはや死語。

周り見渡し、赤面赤面。

かつては付喪神などと謳って、物にも神の存在を見出した日本人の精神はいずこにや。

これも時代の流れでしょうか。

悲しくも嘆かわしいですが、まあそれでも靴下に穴が空いたら繕うより買ってしまうのが実情であったりもします。

 

 

 

☆近所にクリーンセンターがあって、粗大ごみを無料で捨てられる幸福☆

 

とは言え、これも時代の流れ。

村上春樹『5月の海岸線』で主人公が口にした呪詛はそのまま僕の想いでもありますが、小石を投じても、畢竟大河の流れは変わるべくもありません。

モノを捨てるということは、次の消費に繋がること。

歯車は回り続けていて、決して後戻りすることはない。

これが僕たちが生きるディストピアだったりします。

 

本、CDは捨てたり売ったりすることに強い抵抗を感じますが、それ以外のモノはあまり増やしたくはなく、むしろミニマリストに近いメンタリティだったりするヒロ氏。

ですので、モノを買うことに対してもわりと慎重でなるべく買わないようにしています。

本とかCDはポンポン買うのに。

おかしいのですが。

できれば必要最低限のモノを身の回りに置いて生きていきたい、とそう思います。

 

服も、若いころはそれなりにこだわりもありましたが、もう良いのです。

襤褸は着てても心は錦。

その言葉を胸に質素倹約。

実直な生活を営んでいけたらいい。

そう願っているのです。

 

しかしながら、捨てるモノが増える一方の現代社会。

ヒロ家も、倉庫や納屋などあるはずもなく、不要なモノはせっせと捨てながら生活しているわけです。

奥様は、買うのも決断が早いですが、捨てるのも同様。

ヒロ氏は、忠実のしもべとなって右往左往。

しかし、家庭のことは妻に従うのが上策なのでしょう。

 

先日も、粗大ゴミを大量に抱えて、松山市南クリーンセンターに向かいました。

車で5分走ったところにこの施設があるのはまさに僥倖。

奥様もこのころに関しては大変喜んでいらっしゃいます。

自転車、ゲーム機、家具など、多くの粗大ごみを無料で引き取ってくれてありがたいのです。

 

モノが少なくて整然としている空間が好きなので、奥様に加担してモノをどんどん捨てていますが、子供の三輪車など捨てる時に胸が痛まないわけはありません。

もし、これを他の誰かが使ってくれたらと願う。

しかし、譲る相手を探す余力も時間もなく、捨ててしまう。

現代社会の回転するテーブルの上に載せられたような気分ですが、これも時代の流れなのでしょうか?

 

最近捨てたものに関して、古き良き日本人の心、というと重たいですね(笑)

古いベッドとか、実家にあったスーファミとか捨てました。

 

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