1、作品の概要
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は村上春樹の13作目の長編小説。
単行本が文藝春秋より、2013年4月12日に刊行された。
文庫本は、2015年12月4日に文春文庫より刊行された。
書き下ろし。
単行本で376ページ。
装丁のイラストには、モーリス・ルイスの『Pillar of Fire』が使われた。
高校時代の親密な友人グループからある時突然追放されてしまった主人公が、十数年の時を経て真実を知る旅へと出かける。

2、あらすじ
駅を作る仕事をしている36歳の多崎つくる。
彼は高校生の時に色彩の名前を持つ4人の男女と親密なグループを形成していたが、大学進学の際1人だけ地元の名古屋を離れたあとに、彼らから疎外されるという辛い経験をしていた。
死すら考えるほどの打撃を受けたつくるだったが、大学で灰田という友人を得て、少しずつ日常を回復していく。
しかし、つくるが奇妙な性夢をみたあとに、灰田は大学をやめて彼の前から去ってしまう。
仕事関係のパーティーで知り合った、2歳年上の女性の沙羅と親密な関係になるが、つくるの過去の心の傷を「あなたの心には問題がある」と指摘され、グループから追放された真相を聞くため、かつての友人たちと再会することを勧められる。
沙羅をかけがえのない存在と感じていたつくるは、彼女との関係を前に進めるためにも、かつての友人たちと会うことを決意する。
こうして彼の巡礼の旅が始まり、思いもかけなかった真実に巡り合うのだった。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
この本が刊行されたのが今から12年前。
発売日に本屋さんに突撃して、家でワクワクしながら読んだのを覚えています。
もう12年前のことだとは・・・。
月日が経つのは早いものですね。
当時、35歳だった僕は主人公の多崎つくると年齢が近くて、より深く思い入れを持って読むことができました。
プールで泳いでいる場面がとても印象的で、以来プールで泳いでいる時に多崎つくるのことを必ず思い出すという呪いにかかっています(笑)
この現象を脳内で「多崎つくるプレイ」と呼んでいますが、今のところプールサイドで灰田くんには出くわしていません。
4、感想(ネタバレあり)
①リアリズム、多崎つくる
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は3人称で100%リアリズムで描かれていて、羊男や、騎士団長といった珍妙な登場人物(?)は登場せずに、夢か現実化はっきりしないような描写もありましたが、異界に出入りすることもなく現実の世界で物語が展開していきます。
長編でここまでリアリズムで描かれている作品は実は珍しかったりもします。
『ノルウェイの森』とかもリアリズムですが、それでも名前はワタナベとかで名前に関してはリアルではなったりします。
今作では、名前も地名もしっかり出ていて、村上春樹作品においてはリアリズムの極致と言えるかもしれないですね。
主人公の多崎つくる(作)。
なにか彼にはシンパシーを感じてしまいます。
読んだ当時、同じぐらいの年齢で、同じ地方出身者だったという共通点があったかもしれませんが、Sympathy for 多崎つくる、でした。
多崎つくるを憐れむ歌、ローリングストーンズ、的な(笑)
内省的であまり社交的じゃなくて、穏やかで問題を追及するような厳しさを持ちえていないつくる。
夏目漱石の『門』を読んでいますが、ちょっと宗助と似ているところがありますね。
決められなくて、結論を先送りにしてしまう感じ。
『門』ではそんな宗助を妻はフォローしますが、沙羅はそんなふうに振る舞わずに、つくるに問題を解決するように提案し、そうしなければこの先一緒にいられないことを示唆します。
物語の構図において、旅に出るきっかけを与える役割の沙羅。
彼女がいなければ、つくるは真相を明かしに巡礼の旅に出ることもなかったでしょう。
『巡礼の年』は、リストのピアノ曲集で、作中では第1年『スイス』の中の『ル・マル・デュ・ペイ』という曲が大きな意味を持つ楽曲になっています。
村上春樹の作品において、音楽が大きな意味を持っていて、タイトルにも使われたりもしていますね。
『アフターダーク』『国境の南、太陽の西』『ノルウェイの森』とか。
『巡礼の年』も『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』のタイトルの1部に使われていますが、リストの曲集のタイトルの他に旧友たちのもとを巡るつくるの旅を巡礼と謳ったようにも感じます。
元来「巡礼」とは、宗教的な聖地を巡る旅のことを表しますが、つくるにとってはかつての友人たちと真実を巡る旅であり、読みながらそこに何かしら宗教的な儀式のような敬虔さと痛みを感じました。
16年もたって訪れた多崎つくるの巡礼の年。
ただの旧友との再会というだけでなく、喪失の痛み、魂の鎮魂、真実との邂逅という言葉が浮かんでくるような旅でした。
かつてあったかけがえのない絆と、特別なケミストリー。
もう2度と取り戻すことができない輝かしい日々。
彼らほど特別な関係性じゃなくても、近しいものを感じていた仲間たちがかつて自分にもいて、でもそんなケミストリーは過ぎ去ってしまうと2度と取り戻すことができない。
ロックバンドのファーストアルバムみたいな、まっさらな奇跡的なグルーヴ。
そんなことを感じて、切なくなりました。
②色彩と名前、親密なグループ、灰田
登場人物たちにきちんと感じのフルネームがある村上春樹の長編は実は珍しかったりするのですが、グループの友人たちにもきちんとフルネームがあり、全員が色彩を帯びた名前を持っています。
アカ、アオ、シロ、クロ。
そして、グループの中で唯一色彩を持っていない多崎つくる。
個性的でカラフルな友人たちに比して、自分だけ色彩を帯びていないということもあってか、自分はグループの中でも凡庸でつまらない人間だと思い込んでいましたが、周囲からはハンサムでグループ内の重要なバランサーとして目されていたつくる。
わりと、自己評価と周囲からの評価って、あとになって聞いてみると乖離があったりして驚くことがあります。
まあ、僕のことは誰もハンサムボーイとは言ってくれませんでしたが(笑)
4人の名前の色は、アカとアオ、シロとクロと、対照的な色が用いられていて、それぞれのキャラクターに合わせられているように思います。
赤と青は混ぜると紫色になるし、白と黒は混ぜると灰色になる。
だからなに?って言われるとアレなんですが。
シロとクロが出てくるつくるの性夢に灰田が出てきたのは色彩的な意味でも暗示的に思います。
シロとクロが混ざって灰色になる。
つくるにとって灰田とはどういった存在だったのでしょうか?
謎を残したまま、去っていった灰田もまた、つくるにとって心につかえている存在となっていました。
20歳から16年ぶりに36歳で再会したかつての友人たちは、みなかつての彼・彼女らからは想像もできなかった未来を歩んでいました。
秀才だったアカはちょっと怪しい社員教育の講座をやっていて、スポーツマンだったアオは有能なレクサスのセールスマン、明るいコメディアンだったクロはフィンランドで陶芸家の夫と結婚していて、そしてシロは・・・。
シロがすでにこの世にいなくなってしまっていたのは、本当に衝撃でした。
でも、現実にも十数年後に再会してみてお互いが昔から考えるとかけ離れた未来を歩んでいたということは多くあります。
真面目な優等生が考えられないような破天荒な人生を送っていたり、勉強が苦手で先生からも叱られてばかりだったのに起業して成功者になっていたり・・・。
実際に同級生や昔の友達と再会して驚くことが多くあります。
そこから旧交を温めて交流が復活するということもありますが、つくると会ったアオ、アカ、クロの3人はおそらくその後に2度と顔を合わすことはなかったんだろうな、と推察されますし、そのことを示唆するような描写がされています。
これ以上ないぐらいに完璧に親密なグループがあって、でもそんなふうな楽園はずっと続かなくて、ばらばらになってしまったとしても一緒にいたことは決して無駄ではなかった。
つくると再会した時のクロ=エリの言葉に胸が熱くなりました。
「ねえ、つくる、私たちが私たちであったことは決して無駄ではなかったんだよ。私たちがひとつのグループとして一体になっていたことはね。私はそう思う。たとえそれが限られた何年かしか続かなかったにせよ」
③シロ=直子的な繊細な少女
村上春樹の長編小説でよく描かれている『ノルウェイの森』の直子的な存在の少女。
おそらく村上春樹自身が若いころに直子のような存在の少女がいて、自死してしまっということがあって、その彼女の存在がずっと心の中でつかえているのではないでしょうか?
そう思わざるをえないほど、繰り返し直子的な存在の少女が登場し、物語の中で失われていきます。
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』ではシロこと白根柚木がそのような存在として描かれていて、白雪姫のような可憐な少女なのだけれど、とても不安定なものを抱えている存在として描かれていました。
つくるがグループを抜けるキッカケになった出来事、つくるがシロのことをレイプしたと他のメンバーに訴えたこと、言わばシロの虚言のせいでつくるはグループを追放されることになってしまったのですが、彼女は彼女で心に深い傷を負ってギリギリの状態で生きていました。
クロも彼女のことを支えるために、好きだったつくるを切り捨て、自らのプライベートの時間を割きますが結局はシロが命を奪われた瞬間に彼女の傍にいることができなかった。
シロのエピソードを読んでいると、彼女は結局どういう経路を辿ろうと命を落としてしまうような運命にあったように思えてきます。
クロがフィンランドに行かずに寄り添い続けたとしても、きっとまた別の問題が持ち上がって結果は変わらなかったように思います。
他者を救うということは難しいし、第3者にできるのは結局ちょっとした手助けぐらいでしかないのではないでしょうか?
④かけがえのない存在としての沙羅
つくるが「巡礼の旅」に出るキッカケを与えてくれた沙羅。
しっかりした大人の賢い女性という印象があります。
そして、つくるが未消化な何かを抱えていることを見抜いて、その問題が解決しないと2人の関係が先に進むことができないと伝えます。
「記憶をどこかにうまく隠せたとしても、深いところにしっかり沈めたとしても、それがもたらした歴史は消すことはできない」
そう記憶は隠せたとしても、歴史は消すことができないですし、記憶と歴史の集積がそのまま自分なのだと思います。
だからこそ、過去の記憶や経験というものはただ過ぎ去ったものだけではなく、個人の思想や哲学に直結しうる血肉となるのでしょう。
つくるにとってかけがえのない存在となった沙羅。
親密だったグループからある日突然理由も告げられずに追放されたり、大学で唯一の親友ともいうべき存在だった灰田が奇妙ないきさつから急に休学してやはり理由も言わずに自分の目の前からいなくなってしまったことがあって、他人と深い関係を築くことができなくなっていたつくるにとって彼女は日増しに大きな存在になっていきました。
1人の女性が自分の中の心のやわらかい部分を刺激して、特別な存在になっていくという描きかたをよく村上春樹がしていて、こういう描写の仕方がとても好きです。
容姿だったり、趣味が合うとか、具体的な理由があるわけではないけど、不思議とフィーリングが合って、相手のことを特別な存在だと感じる。
なんかそういう表現って素敵ですね。
「彼女は色が白くて髪がつやつやで、二重で目がパッチリしていて胸も大きくて、僕と趣味が合うので特別な存在に感じた」みたいな描写だったら興醒めでしょうね(笑)
ただ、沙羅も「私も片づけなきゃいけないことが・・・」みたいなことを呟いていたりしてなにかありそうな含みは持たせていました。
からの、偶然沙羅が他の男と自分より親密に歩いている姿を見かけてしまう間の悪い多崎つくるくん。
だけと信じてる~信じてる~♪
イブサンローランのネクタイをさらっとプレゼントしたり、食事をするお店選びがやたら洗練されていたりと、よくよく読み返してみると男の影響らしいものが見えてきますね。
でも、その男と一緒になっていないことなんかも考えると、相手は理由ありで妻帯者ではないかと思うんですよね。
50代前半で、商社に勤めていて年収1500万円ぐらいの男とかじゃないんすかね?
妄想ですが(笑)
でも、沙羅は38歳の女性で酸いも甘いも嚙み分けて、いろんなことを抱えながら生きているわけです。
呑み込むには辛い事柄もなかにはあるのかもしれませんが、彼女がもし前を向くのなら受け入れるべきなのでしょう。
エリもすべての話を聞いたうえで、つくるの背中を押します。
「ねえ、つくる、君は彼女を手に入れるべきだよ。どんな事情があろうと。私はそう思う。もしここで彼女を離してしまったら、君はこの先もう誰も手に入れられないかもしれないよ」
結局、物語の最後では彼女がつくるを選んだかどうかは描かれていませんが、ヒロ氏の妄想上の世界線ではハッピーエンドになっています。
⑤やはり残された謎、閉じない小説、
はい、今回もたんまり謎が残されていますね。
100分de名著の『ねじまき鳥クロニクル』で、謎を(あえて)残したまま閉じない物語、閉じない小説の魅力が語られていましたが、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』も絶賛閉じていません。
でも、ある程度は明らかになっていて、一部の謎が未解明っていうそのバランスが絶妙な気がするんですよね。
「みなさんいいですか?謎というのは多ければいいというものではありません。適量の謎が物語に余韻をもたらすのです。大事なのはバランスです」とか語っている村上春樹の姿が脳裏に浮かびました。
シロの妊娠の相手が誰だったのか、なぜつくるにレイプされたと嘘をついたのか?
灰田はなぜつくるの前から去ったのか?性夢が示唆するものはなんだったのか?
緑川の死のトークンとは何だったのか?そもそも本当にあった話だったのか?
沙羅が一緒に歩いていた男性は誰だったのか?結局2人は結ばれたのか?
など、まあまあ謎が残っていますね(;^ω^)
終わり方も、結局沙羅と結ばれたのかどうかわからないところで終わってしまうので、初読の時は「ここで終わるのか~」って思いましたが、今ではあえてすべて語らない余白を残したこの終わりかたで良かったと個人的には思っています。
つくるは「巡礼の旅」を経て得たものは何だったのでしょうか?
自身がグループから追放された真相と、皆のその後の人生を知り、このさき生きていくうえで大きなものを手に入れたように思います。
「すべてが時の流れに消えてしまったわけじゃないんだ」それがつくるがフィンランドの湖の畔で、エリに別れ際に伝えるべきことー、でもそのときには言葉にできなかったことだった。
「僕らはあのころ何かを強く信じていたし、何かを強く信じることのできる自分を持っていた、そんな思いがそのままどこかに虚しく消えてしまうことはない」
歴史は消えることはない。
つくるは「巡礼の旅」を経て、自らの魂を損ない命をも奪いかねなかった歴史の意味を変えることができたのだと思います。
強い喪失感を感じる物語ですし、シロ=ユズはもう帰ってこないし、グループのメンバーはばらばらになってしまって随分と遠くまで来てしまった。
だけど、その時に存在していた特別なケミストリーは、いくつかの輝かしい思い出は、この先も生きていくうえでの糧になってくれるのではないでしょうか?
歴史も過去も改変することはできない。
でも、そういった事実が持つ意味を変えることはできる。
そういった意味合いにおいては「過去を変えることはできる」のだと思います。
つくるの「巡礼の旅」はそういった大きな成果を彼にもたらしたのだと感じました。
5、終わりに
3度目の再読でしたが、より深く心に染み入るようにページをめくりました。
自分自身が歳を重ねて感じかたが変化した部分もあり、改めて再読の良さを感じる読書体験でした。
フィンランドの湖のほとりでハグし合う、つくるとエリのシーンがとても好きです。
傷ついた魂を慰撫しあうような、とても美しい場面だと思います。
「過去は変えられる」というのは、平野啓一郎『マチネの終わりに』でも出てきたテーマですが、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の感想を書いていて思い出しました。
先に進むために過去を変えなければいけない局面が存在しうるのだと、考えさせられましたね。
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