4回に渡って放送されたNHKの番組『100分de名著』の『ねじまき鳥クロニクル』ですが、先日最終回が放送されました。
いやー、なかなか興味深い内容で、村上主義者見習いのヒロ氏として、目から鱗が187枚ぐらい落ちましたね~。
『ねじまき鳥クロニクル』は、大好きな作品のひとつですが、自分が読み取れえなかったことが語られてたいへん参考になりました。
もちろん解説者の沼野さんの私見でもあると思うので、すべてが正しい(というか正解なんてないと思うのですが)とは、思わないのですが。

3部では再び間宮中尉が出てきますが、今度は本田さんに井戸から助けられたあとの
エピソードが手紙という形を取って描かれています。
異界でトオルを助けたのも、「顔のない男」もおそらく間宮中尉だったのでしょうね。
なんか間宮中尉好きなキャラクターなのですが、『猫を棄てる』を読んで、モデルとまではいかないまでも、村上春樹の父親のことが多分に描かれているように思いました。
戦地で散った戦友たちのために毎日お経を唱えていたという父親。
自分だけ生き残ってしまったという罪悪感のような想い。
村上春樹が『ねじまき鳥クロニクル』を書いて、今までの作品で見られなかった歴史の闇を描いたのも、日本を離れてアメリカで日本の歴史を見つめ直せたということと、父親の存在があったように思います。
シベリアで間宮中尉が相対した悪である皮剥ぎボリスと、現代の日本でクミコを巡って敵対している岡田トオルと綿谷ノボル。
またしても時空を超えて繋がりが生まれる。
『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』などでもそうですが、一見無関係な話に少しずつ繋がりが見えてきて、重なり合っていく展開が最高です。
村上春樹という作家はこういうじわじわ点と線が繋がり合っていくような展開を描くのが本当にうまいと思います!!
数十年前のシベリアでは、多くの人を損なう「悪」であるボリスを倒すことに失敗した間宮中尉。
歴史的闇にまっすぐつながっている現代の「悪」である綿谷ノボルをトオルは倒すことができるのか?
そして、敵対する存在でありながら綿谷ノボルと岡田トオルは、鏡合わせのように類似した存在であるという考え方も興味深かったですね~。
☆バットと暴力、悪を引き受ける☆
悪である綿谷ノボルを倒すための武器であるバットは、この時代の暴力の象徴であります。
岡田トオルが持つバットは勇者の剣ではなく、どちらかというと呪われた武具と言えるでしょう。
ドラクエで言うところの「はかいのつるぎ」的な、漫画『ベルセルク』で言うところの「狂戦士の鎧」みたいな感じでしょうか?
トオルがギター弾きの男からバットを奪って、その男を滅多打ちに場面は狂気と暴力性を感じましたし、北欧神話の狂戦士・バーサーカーみたいだと思いました。
しかし、自らも悪に手を染めないと絶対的な悪を打ち倒すことができない。
間宮中尉が果たせなかったことを、狂気と暴力の力を借りてトオルがやり遂げる。
このやり方が正しかったどうかはわかりませんが、悪を打ち倒すためには自らも闇に潜る必要があるのかもしれませんね。
ニーチェの善悪の彼岸「怪物と戦う者は、自分もそのため怪物とならないように用心するがよい。そして、君が長く深淵を覗き込むならば、深淵もまた君を覗き込む」の引用も番組中でされていましたが、まさにこの言葉を彷彿とさせるようなトオルとノボルの対峙でした。
☆歴史の闇の中での繋がり、闘争と救済☆
日本人の個を考える時に、鍵となるのが歴史にある、みたいなことを村上春樹がインタビューで語っていたそうですが、欧米に比べて個の自我より集団・共同体で生きることに慣れている日本人は、歴史の集積によって価値観、倫理観のようなものが形作られていくのかもしれませんね。
そういう意味では、現代の世田谷で起きたことと、半世紀以上前にノモンハン、シベリヤで起こったことが繋がり合っているということには、歴史というのはただ過去に起こったことということではなくて、現在の出来事に直接的に繋がっているのだなと感じました。
そういったことを魅力的な物語に盛り込んで表現できる村上春樹っていう作家は、やはり唯一無二の作家なのだなと感じました。
第3部のテーマは「闘争と救済」だったと村上春樹自身が語っていたとのことでしたが、物語の最後に救済はあったのでしょうか?
トオルはこれまでの村上作品の主人公からは考えられないほど頑張って戦いましたが、結果的には異世界で綿谷ノボル(らしきもの)をバットで打ち倒して、現実世界でノボルの命を奪ったのはクミコでした。
トオルは、クミコを取り戻したと言えるのかもしれませんが、彼女が服役を終わるまでの長い時間を待たなければならない。
呪いが解けて悪い魔女が死んでも、お姫様が自分の手の中に戻ってくるかわからない。
初読の時は、クミコが綿谷ノボルにトドメを刺して殺人の罪で捕まるラストにはだいぶ衝撃を受けました。
えっ、これは救済なのか?
ただ、クミコは失われてはいないし、綿谷家の血の呪いは解かれた。
もしかしたら先々にあるかもしれない一握の希望を示唆して物語は終わります。
それでも全ては説明されずに謎は謎のままとして放置される。
閉じない小説。
すべてが語られない村上春樹作品の魅力、読み終わったあとの余韻や再読の楽しみは、こういった「閉じない物語」に起因するところが多いのかなと改めて感じました。
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