☆デタッチメントからコミットメントへ、ターニングポイントとなった『ねじまき鳥クロニクル』☆
NHKの番組「100分de名著」の村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』の第3回を観ました。
今回は、「根源的な『悪』と対峙する」というテーマで、第3部の内容が取り上げられていました。
いや~、今回も25分があっという間ですねぇ(;^ω^)
これまで、「やれやれ」と独り言ちながら、どこか問題にシリアスに向き合うことをしなかった村上春樹の小説の主人公たち。
『羊をめぐる冒険』でも、「僕」はいなくなったガールフレンドのキキを真剣に探そうとはしませんでした。
こういった関係の希薄さ、関わりのなさを「デタッチメント」と評されていましたが、『ねじまき鳥クロニクル』の岡田トオルは、問題に積極的に関わろうとするコミットメントの姿勢を見せます。
クミコを取り戻すために井戸を手に入れようとし、パソコン通信で綿谷ノボルと激しい舌戦を繰り広げて相手の弱点を突こうとします。
『ノルウェイの森』が空前の大ヒットとなり、喧騒の日本を離れてアメリカに客員研究員として招聘されて渡米した村上春樹。
『ねじまき鳥クロニクル』は彼がアメリカにいた時に書いた作品ですが、日本を離れて歴史や、現実にある事件に向き合う物語が生み出され始めたのはとても興味深い変化だと思います。
「村上春樹クロニクル」で言うと、1987年に『ノルウェイの森』が刊行され、1991年に渡米、1994年に『ねじまき鳥クロニクル』の第1部第2部が刊行され、1996年に突如として地下鉄サリン事件を扱ったノンフィクション作品『アンダーグラウンド』を刊行し、2000年に阪神淡路大震災をテーマに扱った短編集『神の子どもたちはみな踊る』を刊行します。
『ねじまき鳥クロニクル』が村上春樹の作品にとっても、彼自身の作家としての立ち位置としても、大きなターニングポイントになった作品であることがわかると思います。
しかし、番組中で「岡田トオルストーカー説」が飛び出し、ちょっと笑ってしまいました。
うん、たしかにクミコが本当に離婚したがっていたとしたら、「君は僕に助けを求めている」とか言って探そうとするのは一歩間違えればストーカーですね(笑)

☆暴力の象徴としてのバット☆
『ねじまき鳥クロニクル』は、村上春樹の物語史上最も血なまぐさく、暴力が描かれている作品でもあると思うのですが、象徴的なアイテムとしてバットが出てきます。
これは、1980年に起こった金属バット殺人事件をはじめ、日本で実際に暴力事件でバットが使われていたことにも起因するのではないかと番組中で沼野さんが言われていて、なるほどと思いました。
暴力の象徴のようなバット。
物語と時代性は切っても切り離せないものなのだなと改めて思いました。
バットは、シナモンの書く物語の中でも、日本兵が中国人を処刑するのに使用されています。
ここでも時空を超えたつながりが存在しています。
そして、トオルにとってそのバットは、綿谷ノボルに戦いを挑んでいくためのキーになる重要なものでありました。
☆あざの力と、シナモン、ナツメグ、牛河ら個性的な登場人物☆
綿谷ノボルと戦うといっても、いまや政治家として力をつけ、何か得体の知れない闇の力持っている彼と、無職で妻にまで逃げられた30男の岡田トオルとでは力の差がありすぎて勝負になりません。
しかし、あざがトオルの頬に浮かんできたことで、彼は超常的な力を手に入れ、クミコが囚われている異界への鍵になる井戸も手に入れることができました。
なんで、そんなあざができたのか、そしてそのあざに何故そんな力があるのかは、もちろん1ミリも明かされません。
ただ、赤坂ナツメグの父親も、トオルと同じような位置に同じようなあざが存在していることから、何かしらの繋がりを感じることができます。
そして、ナツメグがかつて持っていた力も、父親からの継承なのかもしれないと匂わせるような話の流れでした。
レストランのテーブルにあったから、事務所がある赤坂と合わせて、赤坂ナツメグとシナモンという適当なネーミング(笑)
猫もワタヤノボルから、鰆を食べさせてて「サワラ」という名前に改名されました。
たしか、『羊をめぐる冒険』でも猫は「いわし」という名前をつけられていたように思います。
適当やなっ!!
昔、大学のサークルで学年会名を決めなければいけなくて、デニーズで話し合ってなかなか決まらずに、最終的にデニーズのメニューにあった「カキフライ」に決まった個人的なエピソードを思い出しました。
ちなみに「カキフライでよくね?」って言った僕の友人は、村上春樹好きでした(笑)
トオルの周りには珍妙な人物が集まってきますね。
珍妙といえば、牛河もインパクト大です。
1Q84の牛河とは別人ってテキストには書いてましたけど、同一人物ではないんですかね?
どこか憎めない好きな登場人物です。
できそこないのエクトプラズマのような柄のネクタイってどんなんだろか?
牛河の描写は、村上春樹が楽しんで書いてるやろ?って感じでノリノリの描写が多いですね。
☆語り手、あるいはオブザーバーとしてのねじまき鳥☆
ねじまき鳥がどのような存在なのかについても100分de名著で語られていましたが、1、2部ではおとぎ話の中の鳥で、鳴き声は聞こえるけど姿は見えなくて、世界のネジを巻いているって感じのふんわかファンタジーな存在でした。
それが、3部ではシナモンが声が出なくなるきっかけになった奇妙な出来事に遭遇した時、日本兵が中国人をバットで撲殺した時、動物園で兵隊が動物を撃ち殺した時にも、ギイ、ギイイイと奇妙な鳴き声をしています。
沼野さんは、「両義的な存在」と称されていましたが、僕はオブザーバー(傍聴者)的な存在であり、物語の語り手のような存在であるように感じました。
善悪を越えて、ただそこに在る。
ただ、ねじまき鳥がネジを巻く時に、沼野さんが語るところの「世界のずれ」が起こるようにも感じました。
元あった世界が変化するのか、それとも『1Q84』のように多層的に世界が重なり合いながら増えていくのかはわかりませんが・・・。
だとすると、物語の冒頭でトオルではなく、クミコがねじまき鳥の鳴き声を聞いていたのは、彼女の運命が変化し、「世界のずれ」が生じる予兆だったのかもしれませんね。
鳥というと、日本の神話では八咫烏が神の使いとして神武天皇を導きますし、導くものであるようなイメージもあります。
「両義的な存在」というと、ちょっと手塚治虫『火の鳥』のイメージも頭をよぎりました。
火の鳥は、人々を導いたり、罰を与えたり、時には観察したりと、幾分に多義的な存在ではあるかと思いますが。
ねじまき鳥も多義的な存在であるのかもしれませんが、僕としては語り手としてのイメージが強く、時間も空間も超えた壮大な物語のシンボルであり語り手であったのだと思います。
クロニクル(年代記)として、歴史の闇で行われた暴力があざや、バット、井戸などのモチーフで繋がり、ねじまき鳥によって語られている。
年代記というと、特定の土地や、血族などのテーマがあって綴られているように思いますが、『ねじまき鳥クロニクル』ではこれらのモチーフで語られた暴力と闇の物語であり、運命が変質していく「世界のずれ」が起こった瞬間を描いたものだったのかなと思いました。
シナモンが書いた16章の『ねじまき鳥クロニクル』はおそらくナツメグの父親の新京での話から始まって、ナツメグの潜水艦のエピソードや、動物園の虐殺のエピソードが含まれていて、シナモン自身の声が出なくなったエピソードもあとのほうに含まれているように思いました。
シナモンが思い描いたクロニクルと、岡田トオルの物語、そして間宮中尉の物語が繋がってよりスケールの大きな村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』になっていく・・・。
そんなイメージを感じました。
いや~、『ねじまき鳥クロニクル』も、語りつくせない名作ですね。
100分de名著も次回『「閉じない小説」の謎』で最終回です。
終わるのは寂しいですが、次回も楽しみです!!
テキストで予習しておかなきゃ~。
↓ブログランキング参加中!!良かったらクリックよろしくお願いします!!