☆100分de名著で『ねじまき鳥クロニクル』が取り上げられる!!☆
2025年4月の村上春樹まつり。
土曜日のNHKドラマ『地震のあとで』のあとで、100分de名著で『ねじまき鳥クロニクル』が登場です!!
みなさまのエネーチケー、だいぶ村上春樹プッシュですね!!
もう付き合っちゃえよ!!

しかも、4月7日の『新潮』では突如原稿用紙130枚分の新作中編『武蔵境のありくい』を掲載の電撃ニュースがっ!!
いや、どんだけ村上春樹まつりやねん!!
ワッショイワッショイ!!
100分de名著とは、NHKの番組で25分ずつ全4回の放送で100分かけて名著を紹介するという番組です。
普段はドストエフスキーとか、オフロスキーみたいな文豪ストレイドッグスを紹介している中で我らが村上春樹の登場。
しかも、かの名作『ねじまき鳥クロニクル』が取り上げられるとあっちゃあ、テンション爆上がりでございます。
ちなみに、4月7日(月)22:25~50に第1回が放送されました。
再放送もあるんで、見逃した人はチェケラですぞ!!
文芸評論家の沼野充義さんという方が解説しましたが、めっちゃ良かったっすね~。
番組も良いですが、テキストの内容がだいぶ濃厚なので、テキストをゲットすることをおススメします!!
☆世界文学としての村上春樹、日本的フレーバー☆
村上春樹は、世界50か国で翻訳されている世界的な作家です。
日本では、好き嫌いが分かれる作家で、一定数アンチも存在しますが、他国では広く受け入れられています。
あまり野心がなさそうに見えて、海外進出には早くから意欲的で、『羊をめぐる冒険』からアメリカでも訳されて大好評でした。
テキストでも取り上げられていましたが、海外でこれほど受け入れられた理由の一つとして、翻訳家としての村上春樹の存在が大きいのではないかと思います。
翻訳もすさまじい仕事量で、エッセイ、小説を書きながらも、これだけの量の翻訳をこなすことはすごいですし、そういった翻訳の仕事が他言語に訳されることも意識しながら、物語を書くというスタンスに繋がっているのではないかという考察でした。
村上春樹の文学の独自性のひとつとして、村上春樹がデビューした当時文壇から遠く離れて、独自の物語と文体を生み出したことにあると思います。
近代文学が扱う自我の煩悶。
そういった近代的自我の葛藤のようなものを描いていないことで、文壇から村上春樹の作風は非難されていたみたいですね。
たしかに三島由紀夫『金閣寺』、太宰治『人間失格』などの作品からは2万光年ぐらい遠く離れた作風だと思います。
文学的な、なにか。
そういった文学の呪縛から離れて、村上春樹が大切にしているのは物語の力だと思います。
はるか昔、原始時代から語られ続けていた神話的な物語。
かつて洞穴で語られていた物語は、小説として世界中の多くの人に読まれるようになった。
テキストでも語られていましたが、オーソドックスな物語の形を踏襲して、独自の文体で読者を魅了していくのが村上春樹の書く小説の魅力だと思います。
そこに日本的なフレーバーもミックスさせるセンス。
☆村上春樹にとってターニングポイントになった『ねじまき鳥クロニクル』☆
多くの人が、村上春樹作品のターニングポイントになったと挙げるのが『ねじまき鳥クロニクル』だと思います。
初期作品が、「デタッチメント(かかわりのなさ)」を描いていたのに対して、「コミットメント(関与する)」を描き始めた作品だということがまずひとつあげられると思います。
『ねじまき鳥クロニクル』は村上春樹がアメリカの大学に招聘されてアメリカに住んでいた時に書いた作品です。
その時に、父親が戦争で行っていた中国での出来事や、ノモンハンのことを調べて、歴史的な暴力と悪を作中に描いた。
日本にいた時に向き合えなかった歴史的な事実と父親の記憶の継承に、日本を離れることで初めて向き合えたのは彼らしいですね。
はじめて『ねじまき鳥クロニクル』を読んだ時は、「えっ、なんでいきなりこんなに戦争のこと書いちゃってるの?」って思いましたが、父親との幼少期の思い出を描いた『猫を棄てる』で、父の戦争体験と継承についてのことについて触れているのを読んで、繋がった気がしました。
人間の暗部、悪を物語を通して描こうとしたという点で『ねじまき鳥クロニクル』はこれまでの村上春樹作品の中で革新的だったのですが、もうひとつドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』のような総合小説への試みがありました。
うん、カラマーゾフ読んでないんすけどね(笑)
あれ、長いしさぁ。
多様性、まとまらない多くの声を取り込んだ物語。
あちこちに破綻があるにもかかわらず、全体として世界そのものであるかのような迫力を持って迫ってくる。世界そのものと同じように閉じていない。
☆井戸と日常のすぐ隣にある闇☆
あなたは、よく知っている人のことをどれだけ理解しているだろうか?
たとえば、長年連れ添ったパートナーの心の奥にある暗闇のことを。
そんな近しい誰かの心の闇を描いたのも『ねじまき鳥クロニクル』の大きな特徴だと思います。
今までの作品のような、軽快でユーモアに富んだ日常のすぐ隣に存在する闇。
日常の描写が愉快であるほど、影は暗く歪になります。
井戸は、そんな日常のすぐ近くに潜む深い闇として、物語の中で大きな役割を果たしています。
井戸に潜ることは、すなわち意識の奥底へ潜っていくこと。
自らの心の奥深くまで潜る。
そして、その深層はノモンハンで間宮中尉が放り込まれた井戸へも繋がっている。
時空も空間も超えて繋がっていく物語。
ちなみに11:50あたりから、RADIOHEADのアルバムの『Hail to the Thief』の3曲目の『Sail to the Moon』がかかっていました。
このアルバムを出した当時にバンドのフロントマンのトム・ヨークが村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』にハマっていたみたいですね。
そして、村上春樹『海辺のカフカ』ではカフカ少年がジムで身体を鍛えながらRADIOHEAD『KID A』を聴いているという。
繋がりが深い両者ですね。
これまでの村上春樹作品には見られなかったようなスケールの大きさを感じます。
来週の100分de名著の放送も楽しみです!!
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