1、作品の概要
『怪物』は2023年6月2日に交際された日本の映画。
監督は『万引き家族』『ベイビー・ブローカー』などの是枝裕和監督。
脚本は『花束みたいな恋をした』の坂元裕二。
音楽は坂本龍一が担当し、新曲2曲を書き下ろした。
安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢(子役)、柊木陽太(子役)、高畑充希、田中裕子、中村獅童らが出演している。
ひとつの事件を通してそれぞれの視点から描かれた異なる真実を描き出す。
2、あらすじ
どこにでもある湖のほとりにある町。
麦野早織(安藤サクラ)は、様子がおかしい一人息子の湊(黒川想矢)のことを心配していた。
どうやら担任の保利(永山瑛太)が湊に暴力を振るっていたことがわかり学校で話し合いをするが、不誠実な学校と保利の対応に早織は怒りを爆発させる。
しかし、保利もわからないうちに巻き込まれていた被害者だった。
お互いの主張は食い違い、メディアや近隣の住民を巻き込み大きな騒ぎとなっていく。
真実は?「怪物」とは一体何なのか?
湊と星川依里(柊木陽太)の視点から全てが明かされる。
そして嵐の夜・・・。
3、この作品に対する思い入れ、観たキッカケ
是枝裕和監督の作品は、実はこれまであまり観ていなかったのですが、脚本を『花束みたいな恋をした』の坂元裕二が担当して、音楽を坂本龍一が担当するということで興味が出て観に行ってみました。
軽く予告は観ていましたが、僕の予想の斜め上をいく展開で、2人の少年のやり取りが尊すぎてスクリーンに釘付けでした。
2人の子役の演技が本当に素晴らしかったし、ストーリー、演出もめっちゃ良かったです♪
4、感想(ここからネタバレあり!!)
おもに3者の視点から同じ出来事を描いているという物語の構図がとても面白かったです。
ビルの火災から、学校での虐待事件、嵐の夜へと物語は流れていきます。
しかし、そこで目にしたものはそれぞれに違ったものでした。
脚本の坂元裕二さんは、インタビューで次のように語ったそうです。
「私たちは生きている上で、どうしても他者同士お互いに見えていないものがある、それを理解し合っていかなければならない時に直面した場合どういったことが起こるのか、そしてどうすればいいのか、その複雑さを表現するにはどうすればいいのか、長い間苦しみ悩みながら脚本を書きました」
どこか芥川龍之介『藪の中』を彷彿とさせるような内容でした。
①早織の視点から、母親として不誠実な学校と保利先生と戦う
まずは麦野早織(湊の母親)の視点から語られます。
ラガーマンだった夫は亡くなり、女手一つで一人息子の湊を育てている。
とてもオープンな感じでしっかりしてそうな女性という印象の早織。
平穏な日常はしかし、息子の湊の変調によって変容していきます。
水筒に石が入っている、髪の毛を突然自分で切り出す、靴が片方無くなっている。
朗らかだった彼が変調をきたし、ついに担任の保利先生から暴力と暴言を受けていると聞かされる。
早織は湊のために学校側と話し合いを持ちますが、何度話し合っても要領を得ず、当人の保利も明らかに不誠実な態度。
彼女の怒りは爆発し、どんどん学校側への追求はエスカレートしてついには訴訟問題を経て保利先生は学校を追われることに。
母ひとり子一人で、痛いほど愛している息子が傷ついている。
それなのに学校側は誠実に対応してくれない・・・。
最初に早織の視点から描かれた物語の中では、保利先生も校長先生も「悪」であり、湊は守るべき存在でした。
しかし、早織からは見えていなかったことが多くありました。
学校が保利にごまかすような対応を命じたために余計に事態は拗れていってしまいます。
保利の視点からは、実際に湊への暴言・暴行があったのかどうか?
担任教師として彼が見ていたのものは?
という視点で語られますが、早織の視点からみるとめっちゃ感じ悪くて不誠実な先生という印象でしたが、保利の視点で語られる物語では印象がガラッと変わります。
②保利の視点、学校側と保護者の板挟みになりいつのまにかスケープゴートに・・・
あれっ、フツーにいいやつじゃねえ?
というのが僕が持った印象でした。
噂では火事の時に保利がガールズバーにいたという噂も流れていました、結婚を考えている彼女もいて、事実無根なデマに過ぎませんでした。
暴れる湊を取り押さえて肘が当たってしまったことはあったものの、彼は暴言や暴行を湊にしたことはありませんでした。
クラスで起きている何かしらのトラブル。
保利も何かを感じていますが、その正体がわからない。
湊が突然教室で暴れだしたり、星川依里がトイレに閉じ込められていたり。
そして、早織に本当にあったことを伝えようとするも「相手の感情を逆なでするから何も言わずに謝罪しなさい」と言われてしまい、余計に彼女を怒らせてしまう原因になってしまう。
この時にちゃんとあったことを説明していれば・・・。
それを止められていたことで、保利の早織への対応がどこか不誠実なものに感じられた原因だったのでしょう。
いや、飴は食べちゃ駄目だけどね(笑)
結局学校を去ることになった保利ですが、「学校を守るために犠牲になってください」みたいなことを校長が言っていて、ぞわっとしました。
結局、一方的に悪者にされた保利は保護者の前で謝罪をさせられて、学校を追われて、マスコミにはあることないこと書かれて・・・。
その町に住み続けることができなくなるぐらいのダメージを受けてしまいます。
しかし嵐の夜に依里が書いた作文の鏡文字の暗号に気づき、湊の家へと走ります。
しかし、湊はいなくなっていて、早織と共に湊を探しに山の中へ。
ここまで早織の視点と、保利の視点で同じ時間の物語が語られていますが、本当は何が起こっていたのか一切が謎に包まれていました。
湊と依里の関係は?
いじめはあったのか?
③湊の視点、怪物は誰のことだったのか?彼を苛んでいたもの
校長先生がビル火災の夜にスキップしながらチャッカマを持っている依里を見かけるシーンで、全焼したビル火災の犯人が誰なのかが暗に伝えられています。
後の場面でサラッと、依里の父親がそのビルにあるガールズバーに通っているのを嫌悪してビルに火をつけたことを言っていますが、とても楽しそうな彼の様子に戦慄が走りました。
怪物はこの子なのか?サイコパス系?
依里くん、めっちゃ可愛い顔をしているんですけどね。
保利が依里の父親から「あいつは怪物なんです」と言われていたことが脳裏をよぎりました。
依里はクラスの一部の男子にいじめられているんですが、湊は自分もいじめられるのが怖くて、依里と仲良くなっても「みんながいる前では話しかけないで」とか言っちゃいます。
なんとなく岩井俊二の『リリイシュシュのすべて』を思い出しました。
依里はいじめを受け流していますが、おそらく父親に虐待されていて、酷い暴力や暴言を無感覚に受け流す習慣が身についたからだと思います。
無感覚でいれば痛みを感じないし、傷つくことはない。
でもそれって一種の麻痺状態ですし、例えば体にとって痛みは必要な信号なのでそれを感じなくなるということは心にとって良くない状態なのでは?と思ってしまいました。
心に空洞を抱えながら、確固たる自分の世界をうちに持つ依里と仲良くなっていく湊。
湊は依里の山の中の秘密基地に招待されて2人で楽しい時間を過ごします。
このへんの2人がじゃれあうシーンとか本当に尊いです。
草原を駆け回る美しいシーンには見惚れました。
いじめや、ビルの火災がこの物語でのキーになっていると観ながら僕は思っていましたが、それは全く的外れな見解でした。
この物語の本質、湊を変容させたものは「性」でした。
湊の依里への恋。
湊は普通じゃない、同性に恋焦がれてしまっている自分に戸惑い葛藤します。
えええええええ!!!!!
って、なりました僕。
母親の早織が湊の変調に感じていたこと、いじめなどの要因は全く見当違いで。
愛しい息子は自らの「性」について悩んでいたのです。
でも、片想いじゃなくて両想いで依里も湊のことを愛していたのだと思いますし、2人で幸せに過ごす未来もあったのかもしれない。
でもそこで湊を阻んだのは父親の存在でした。
早織の視点の物語の時に聞こえなかった湊の言葉は、「お父さんみたいになれないよ」でした。
願いは強すぎると呪いになります。
早織を責めることはできませんが、父親のように男らしく逞しくなって欲しい(ここで彼がラガーマンだったことが意味を持ちます)という願いが彼女にあったのでしょう。
湊にとっては呪いで人とは違う性癖を、男を愛してしまう自分の「性」に戸惑い混乱します。
ここで物語の全てのピースが揃っていくような感覚になりました。
校長先生とのやり取り。
あまりに重すぎる嘘と罪を背負った二人。
詳しいセリフは忘れましたが、校長先生が「普通であることができないから幸せになれない」と言う湊に投げかけた言葉、「普通に手に入る幸せより、普通でないことの先に手に入れられる幸せのほうが特別なもの」みたいなことが彼の背中を押したように思います。
2人で楽器を演奏するこの場面が好きですし、早織の視点の時と、保利の視点の時にも楽器が鳴っていたので、こういうことだったのか!!と繋がりました。
この映画はこういう仕掛けが無数にありましたね。
湊は何を願っていたのでしょうか?
彼は生まれ変わりを願っていました。
男性を愛してしまう自らのジェンダーを、他者が受け入れてくれないだろうと絶望して、生まれ変わってやり直そうと思っていのではないでしょうか?
一方、依里は父親との暮らしで虐待され続け、挙げ句の果てに捨てられて祖母のもとへと預けられて転校をすることになっていました。
行き止まりの2人。
嵐の夜に生まれ変わりを願って秘密基地の廃列車に乗り込んだその姿はまるで心中しようと身を投げる前のカップルのようでした。
現世で幸せになれないまなら、死んで来世でまた会おう・・・。
ラストシーンは、解釈が様々だと思いますが、やはり2人は命を落としてしまったのだと僕は思います。
晴れた草原の中を2人は駆け回りますが、早織と保利がたどり着いた時はまだ大雨でしたし、廃線路のフェンスがなくなっていたのがその理由です。
もう2人を縛り付けて遮るものは何もないというようなメタファーに感じました。
5、終わりに
結局怪物とは誰のことだったのでしょうか?
息子を守るためにモンスターペアレントと言われた早織?
マスコミによって体罰教師として怪物に仕立てられた保利?
学校を守るために孫を殺した罪も夫に被らせる校長?
依里を虐待して追い詰めた依里の父親?
無感覚にビルを燃やして、心に痛みも感じなくなった依里?
他人とは普通とは違う性癖を抱えてしまった湊?
使い古された言葉かもしれませんが、人間は誰しも心の中に「怪物」を飼っているのかもしれません。
普段は理性で飼い慣らしているけど、何かの折に心の中にある温かい何かを喰い破って狂気を餌に暴れ始める。
そんな誰もが心に宿した怪物=狂気について描かれた物語のように感じました。
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