1、作品の概要
『平場の月』は朝倉かすみの長編小説。
2021年に光文社より刊行された。
第32回山本周五郎賞受賞作。
公開日、キャストは未定だが、映画化することが決定している。
2、あらすじ
青砥健将は、地元の病院の売店で、中学時代の同級生・須藤葉子に再会する。
彼にとって、淡い恋の記憶を思い出させる女性であり、どこか芯が「太い」感じのする異質な女子だった。
50代を迎えた2人は、近く病院での検査を控えていて、お互いを励ますための「互助会」と称し逢瀬を重ねるようになる。
お互いに離婚経験があり、様々な痛みや喜びを乗り越えてきた2人。
やがて自然に寄り添うように、慈しみ合うように、お互いの存在を心の支えにするようになる。
大人の静かでささやかな恋愛譚。
しかし、凪のような2人の日々は須藤の検査の結果により波紋を広げていき、やがて大きな波が2人を攫おうとしていた。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
50代のラブストーリー。
表紙の装丁もなんか好きな感じで、単行本が刊行された頃から気になっていました。
書店でも、わりと取り上げられていましたね。
今回、文庫化されたと知り、ソッコーでGETしました。
4、感想・書評(ネタバレあり)
朝倉かすみさん、初めて読んだ作家さんでしたが、読みやすい文章ですね。
物語は、いきなり須藤が亡くなった知らせを風の便りに青砥が聞くところから始まります。
この序盤の書き方がなんか好きですね。
青砥の混乱と戸惑いが伝わってきて、何がなんだかわからないままに物語に引き込まれていきます。
よく恋愛小説で、「大人のラブストーリー」と銘打たれています。
使い古されて食傷気味の表現。
そもそも「大人のラブストーリー」ってなんなのさ?
歳食ってる2人が愛し合うこと?
それとも、愛欲にオボレていること?
平野啓一郎『マチネの終わりに』はこれぞ大人の恋愛と言えるような小説で、お互いに独立した自我を持った2人が相手の存在と人生歴を尊重し存在ごと包み合うようなそんな優しく思慮深さを感じるような恋愛譚でした。
対して朝倉かすみの『平場の月』は、大人の、50代のリアリティを追求した生々しい現実の恋愛を描いていたように思います。
現在、45歳の僕は読んでいて身につまされるような気持ちになりました。
50歳を迎えると、ただの勢いとか、火遊びなんてできないし、様々なことを経験して脛どころか全身傷だらけ、アザだらけ。
そんな2人がなかなか踏み込めないままに、それでも少しずつ距離を縮めていく様は、どこかいじらしくもあり切実でした。
離婚、死別、親の介護、忘れたい記憶、独り暮らし、困窮、病気・・・。
どれも例えば20~30代の恋愛ではおおよそ出てこないようなシビアなワードばかりです。
でも現実ってそんな感じだし、そういう意味でとても身につまされました。
同級生との再会、かつて封印していた初恋・・・。
ロマンチックな要素もありますが、2人の間を埋めるていくのは圧倒的に生々しい現実と過去の痛みでした。
例えば愛車のBMWでドライブしたり、小洒落た青山のイタリアンでシャブリを開けたり、エルメスのバッグをプレゼントするような華々しいことは一切なくて、2人が会う場所は居酒屋か、お互いの家。
経済的に困窮していた須藤は、居酒屋での食事も難しい状況で、青砥もそうたいして余裕があるとは言えません。
この国の経済状況も反映しているようにも思いますし、『平場の月』というタイトルにも繋がっていくように思います。
「平場」という言葉は、「普通の場」というような意味の言葉らしく、僕はこの作品を読んで初めて聞いた言葉でした。
月はなんとなくロマンスや、恋愛を意味するような言葉として作中に登場するように思います。
なんせ、かの夏目漱石先生が「月が綺麗ですね」をI LOVE YOU.と訳した(作話かもですが)のですから。
そうなると、「普通の場での恋愛」というような意味のタイトルになるのでしょうか?
そのタイトルの意味の通り、とても日常的なラブストーリーだと思います。
しかし、須藤が大腸がんを患ったことで、展開は一転します。
大腸がん、ストーマ造設。
同じ病でも、例えば『世界の中心で、愛を叫ぶ』みたいな薄幸のヒロインではなくて、ストーマのパウチに便を溜めながら生活するリアルを描いたのはそんな綺麗に死ねない初老のリアルを描いているように思います。
(関係ないけど、セカチューの物語は僕の実家の街が舞台で、作者は同じ高校出身)
しかし、須藤の病状や意識のすれ違いで、2人は離れ離れに。
1年経ったら、約束した温泉旅行にまた誘おうと思っていた矢先に風の噂で聞いた須藤の死。
一番大切な存在が、愛し合ったはずの人がもう実はこの世にいなかったって知る。
それも、なんでもない風の噂みたいなもので知らされてしまう。
どれほどの喪失感。
死が間近に迫っても、「合わせる顔がないんだよ」って青砥を呼べなかった須藤。
彼女の最後の言葉が「青砥、検査に行ったかな」だったのには込み上げるものがありました。
2人を照らしていた月の光。
彼女はその光を浴びながら何を夢に見ていたのでしょうか?
5、終わりに
これまであまり読んだことないような独特のラブストーリーでした。
ロマンチックなだけじゃなくて、切実な大人の恋愛。
お互いを想い合うあまりに、悲恋に終わったのかもしれませんが、見方を変えると須藤の人生の最後において、神様からの小さな奇跡のプレゼントだったのかもしれませんね。
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