ヒロの本棚

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【本】平野啓一郎『高瀬川』~茫漠とした宇宙空間ですれ違うふたつの彗星~

1、作品の概要

 

高瀬川』は、2003年に刊行された平野啓一郎の短編集。

『清水』『高瀬川』『追憶』『氷塊』の4篇からなる。

初期のロマンティック3部作『日蝕』『一月物語』『葬送』に続く第2期「短篇・実験期」の第1作となった作品で、デビュー以来初めて現代を舞台とした物語が描かれた。

 

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2、あらすじ

①清水

白昼夢のような夢幻の世界で、実存と虚無の境目を見失い清水のしたたる音。

死は音を立てて私に近づいてくる。

 

高瀬川

小説家の大野はライターの裕美子とうらぶれたラブホテルで一夜を共にする。

彼女の打ち明け話を聞いた大野は・・・。

 

③追憶

在りし日の記憶をとどめる魂と、その追憶。

散乱した言葉たちは現代アートのように瞬く。

 

④氷塊

少年と女。

交わるはずのなかった2つの人生が一瞬だけ交錯する。

2人はそれぞれに何を思い描いていたのか。

 

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ

 

平野啓一郎さんの作品は全部読みたいと思ってまして、図書館で『高瀬川』を見つけたので読んでみました。

いやー、第2期「短篇・実験期」の作品は難解ですねぇ・・・。

高瀬川』『滴り落ちる時計たちの波紋』『顔のない裸体たち』『あなたが、いなかった、あなた』がそれらにあたりますが文章は初期の固めの文体で、実験的な試みがされていて解釈が難しいですね。

しかし、この実験期にしか持ち得ないような現代アート作品のような詩的で謎めいた魅力もあり、以降の作品にはない独特の輝きを持ち得ているような気がします。

高瀬川』はそんな作品の過渡期の色が最も色濃く出た作品だったように思います。

hiro0706chang.hatenablog.com

 

 

 

4、感想・書評

 ①清水

とても詩的で暗示的な短い短編ですね。

最初読んだときは「なんじゃこりゃぁぁぁぁ」と、往年の刑事ドラマ「太陽にほえろ」のジーパン刑事のようになってしまいましたが、繰り返し読むうちにその世界観に引きまれました。

まるで終わりのない白昼夢のようなどこにも目印のない夢幻の世界。

実存と虚無の境目を辿る「私」は消失していく現実感と、形骸化していく記憶に飲み込まれていく。

清水のしたたりを聞きながら彼は自らの死に飲み込まれていく。

 

高瀬川

ちょっと執拗なまでにリアリティを追求した性描写。

ロマンティック3部作の次にこれを読んだらめちゃくちゃ面食らいそうですね。

 

正直、あまり理解しきれていないんだと思いますが。

一夜の男女の交わりの中で多くの感情や想いが表出して、水面に投げられた小石が立てる波紋のように広がっていく。

この本の表紙の水面の写真のように。

でも、その波紋はどこにもたどり着かずに消えてなくなってしまう。

肌を重ね合い、お互いの想いと人生を刹那に重ね合わせる男女はお互いの欠片の一部を交換して、それでも多くの部分ですれ違っていく。

 

僕は大野と裕美子が2度と会うことはなかったのではないかと思います。

少なくとも、あんなふうに心を交じり合わせることはなかったのでは。

最後に抱き合って激しく口づけを交わした2人はお互いにこの一夜だけ、長い人生の中でのたった一瞬の間だけ重なり合った心を惜しんだのかもしれません。

茫漠とした宇宙空間ですれ違うふたつの彗星みたいに。

 

③追憶

きれぎれの幻想に表出する生命の。

分解された言葉たちは、それぞれが孤立した美のように、紙面で踊る。

言葉と文章の可能性の追求。

そのひとつのかたち。

 

④氷塊

最初、「ん?」ってなりましたが、共通の場面を挟みながら上の段の文章と下の段の文章が2人の視点で同時に展開していく物語になります。

↓こんな感じで。

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とても面白い試みでありますし、ノーラン監督の映画みたいに断片と断片を繋ぎ合わせるような演出がされているように思います。

 

15歳の少年と、不倫をしている30代の未婚の女性。

おおよそ交わりようのない2人が運命と偶然のいたずらによって一瞬の間に出会い、離れていきます。

そして、お互いが相手に感じた「母親」と「不倫相手の子供」という認識は間違いであり、それでいて互いが互いの存在を深く認識し続けついに束の間の邂逅を果たします。

 

何かとても奇妙で運命的な一瞬の交差。

2人は言葉も交わさぬまま、お互いをただならぬ深い縁がある相手だと認識します。

そして、それはおそらく事実とは異なった幻想なのですが、それぞれの存在にそれぞれが感じていたその幻想が2人の生きていたその立ち位置を変えてしまうことになります。

 

運命が交差したあとに2人のうちにあった氷塊は鈍い痛みと幻想からの覚醒を促し、溶けてなくなっていってしまったのでしょう。

 

 

 

5、終わりに

 

いやー、マジ難解なんかい?

何回も読み返したんかい?

って、ダジャレラップも飛び出すぐらい難解でした。

 

それぞれの作品で全く文体も違えば、作品から受けるイメージも違っていて本当に実験的だし、後の作品での大きな実りとなったことがよくわかりました。

作品ごとに文体やテーマを変えてその先のあるべき姿を模索している平野啓一郎の様子は、様々なポジションを試しながら、プレイヤーとしての後のピークに合ったスタイル見出そうとしているアスリートのようにも思えました。

そうやって試行錯誤したスタイルが行き着いた先が第3期以降の分人主義の作品であり、平易な文体と物語に込められた深いメッセージと思索を持った唯一無二の平野文学が生まれたのだと思います。

 

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