1、作品の概要
2022年1月に刊行された吉田修一の長編小説。
文藝春秋2020年10月号~2021年10月号に連載された。
往年の大女優の80代の女性と、20代の男性の心の交流を彼女の半生を辿りながら描かれた。
2、あらすじ
20代の大学院生岡田一心は、アルバイトをきっかけに往年の大女優・和楽京子こと鈴さんと出会う。
古い映画を通して、彼女の足跡に触れる一心は次第に彼女と心を通わせるようになる。
恋人・桃ちゃんとの失恋から立ち直るきっかけをくれた鈴さんに次第に惹かれていく一心。
鈴さんと一心はお互いが過去に亡くした大事な人、長崎という共通の故郷など不思議な結びつきがあった。
一心は、鈴さんの人生を通して大事なメッセージを受け取る。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
吉田修一も好きな作家の1人で、『ミス・サンシャイン』は本屋で新刊を見かけて表紙と帯のキャッチコピーでジャケ買いしました(笑)
うん、表紙・装丁も大事です!!
この人の作品は当たり外れがあまりないと思いますし、『ミス・サンシャイン』も心がじんわりと温まるような良い作品でした。
4、感想・書評(ネタバレあり)
伝説の女優の鈴さんのキャラクターや考え方がとにかく魅力的で、彼女の半生の回顧を一心との交流を交えながら描かれています。
吉田修一という作家は、「人間」を描くのが上手な作家だと思います。
登場人物の考え方や、仕草や、纏う空気など、言語化映像化して表現すぐことが難しいような滲み出るような人間性を文章で自然に描き出していきます。
特別に美しく個性的な文章ではないと思うのですが、とても簡潔で的を得ていて、彼の作品を読むのが心地よく、遅読で決して熱心とは言えないなんちゃって読書家の僕もいつもペース良く読むことができています。
そうした読みやすさがありながら、読み進めるうちに登場人物の人間性が浮き彫りになっていって、その想いに共感していく。
そんな独特の魅力が吉田修一の作品にはあるように思います。
鈴さんは戦後の混乱の中、女優として頭角を現し、肉体は女優などと揶揄もされながらもそのグラマラスな魅力で今までになかった女優像を築き上げていきます。
やがてアメリカのハリウッドにも認められて、アカデミー賞にノミネートするほどの存在になり一躍国際的な女優として登りつめます。
とても力強くて、何者にも屈しない和楽京子こと鈴さんでしたが、彼女の心の中には亡くなった友人の佳乃子がいて、アメリカに原爆を落とされた故郷・長崎のことがあったように思います。
アメリカでは、謂れのない差別も受けて光だけではなくて、彼女の心に濃い影も落としました。
だけど、鈴さんは決して挫けないしなやかで強い心の持ち主だったのでしょう。
だから私は決めたのよ。この「ミス・サンシャイン」って言葉から逃げないって。これが私なんだって。私は胸を張って生きる。
なんかキアラ・セトル『THIS IS ME』の歌詞みたいですね。
これが私。
胸を張って生きる。
かっこよすぎますね!!
一心は鈴さんと知り合ってから、和楽京子がどれだけ偉大な女優だったのかを少しずつ理解していきます。
でも、彼女は犬の散歩中に出会った警備員の女性の孫の誕生にお祝いをあげるような気さくで細やかな心遣いを持つ女性で、一心はそんな彼女との時間を楽しく過ごすようになっていきます。
鈴さんの周りの人達も皆そんな気さくな鈴さんのことが大好きで、お手伝いの昌子さんや、麻雀仲間で作曲家の今井夫婦などとのやり取りもテンポがいいユニークな会話で読んでいて楽しかったですね♪
一心は、行きつけのカフェ店員の桃ちゃんと、和楽京子の映画がキッカケで仲良くなって付き合うようになります。
ただ、彼女は前の彼のことが忘れられずに2人は別れてしまいます。
一心と会ってる時に、買い物に出かけて元彼に会いにいくとか、なかなかヒデー女だなと読みながら思いましたが、まぁ20代ぐらいの恋愛ってこういうこともあるかもですね(^^;;
一心は、苦しい心の内を鈴さんに吐露しますが、そんな彼にかける鈴さんの言葉がめっちゃいいんですよ(>_<)
「時間がかかるのよ。人の心ってね、大人になってもよちよち歩きなの。ゆっくりとしか歩けないのよ。立ち止まって、迷って、でもちゃんとまえに進んでいく。だから、周りの人はゆっくりと待ってあげるしかないの」
いや、もう含蓄に富んだ言葉ですねぇ。
どれだけの人生経験を積んで、喜びも悲しみも味わえばこんな言葉を吐くことができるのでしょうか?
優しさと深い哀しみを抱き持つ鈴さんに、一心は次第に惹かれていきます。
一心が鈴さんに抱いていたのは恋心だったのでしょうか?
何か憧れやシンパシーを抱いていたのは確かだったのだと思いますが、彼の脳裏には若かりし頃の和楽京子の姿も重なっていたようにも思えます。
現在の鈴さんの人間性や美しさも見据えていたとは思いますが、その後ろにある幻影に想いを寄せていて、それがわかっていたから鈴さんも一心と距離を取ったようにも思います。
「疲れ果てたあなた私の幻を愛したの」って杏里の古い曲がありますが、そんな感じでしょうか(笑)
でも。
たとえ、恋じゃなくても。
一心と鈴さんはお互いに共感し合って、どこか魂の深い部分で結びついていたように思います。
鈴さんも、「なんだかいっくんとは不思議な縁ね」と言ったように彼にシンパシーを抱いていて好ましく思っていたように感じます。
特に妹の一愛を病気で早くに亡くした一心が「私をかわいそうな女の子だって思わないでね」って言われたことと、鈴さんが原爆症で若くして亡くなった親友・佳代子から「うちの人生は幸せやったって思うてね」と言われたことはリンクしていて一心と鈴さんの心を強い絆で結びつけているように思います。
だからこそ。
最後に2人が交わした手紙でお互いの宝物を贈り合って。
一心は、鈴さんからこの先の人生を歩んでいく上で大事なメッセージを受け取ったのだと思います。
世界を変えることができたのかもしれない、1人の女優の言葉を。
鈴さんとの日々は、一心に普通に暮らしていく日々の尊さ、幸福を教えてくれたのだと思います。
2度と鈴さんと会えなかったとしても、彼女の言葉、考え方は一心の心の中で生き続けるのでしょう。
5、終わりに
いやー、良い小説でした。
とても読みやすいんだけど、人物と物語に奥行があって、心に残る物語。
人生について考えさせられました。
その感情が恋愛かどうか。
気持ちに名前を付けることより、惹かれ合って、響きあえる存在と巡り合えたことのほうが大事だと思います。
例え一期一会でやがてすれ違っていったとしても、お互いの存在が心の中で宝物のようになってずっと輝き続けていく。
一心と鈴さんの世代を超えた交流にそのような想いがこみ上げてきました。