1、作品の概要
2012年に刊行された白石一文の長編小説。
東日本大震災後の未来が不確かになったこの国で、いとこ同士の男女が淫欲に堕ちていくさまを描く。
2019年に柄本祐、瀧内公美主演で映画化される。
2、あらすじ
兄弟同然に育った従兄弟の直子の結婚式に参列するため、郷里の福岡に帰省した賢治。
恋人同士だった2人の再会は、かつての禁断の関係を呼び覚まし、再び愛欲に溺れる日々が始まる。
まるで現実から逃れるように禁忌を犯す2人。
東日本大震災で未来が揺れ動く不安定なこの国をさらなる悲劇が襲おうとしていた。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
このブログで取り上げるのは初めてですが、白石一文の作品は割と好きで前からよく読んでいました。
『僕の中の壊れていない部分』『一瞬の光』『私という運命について』『翼』などなど。
『火口のふたり』は以前から気になっていた作品で、映画化もされて何度か借りようとして小説を読もうか、映画を先に観ようか迷っていたりもしました。
今作は、とても危うい恋愛小説であり、僕は定期的にこのような愛欲に溺れるような倫理を外れるような危険な物語が読みたくなります。
幸いそのような物語は世の中に溢れ返っていて、そういう小説を読みたいのは僕だけではないのだなと少し安心しますね。
4、感想・書評
①放射能と愛欲。未来と過去から離れて。
うん、表紙からエロいですね(笑)
禁断の関係に堕ちていく2人の男女。
だけど、いみじうまぐわいにけり、な小説だと思っていましたが、それだけではありませんでした。
この小説が刊行されたのは2012年で、東日本大震災の翌年で、震災によって揺さぶられ続けるこの国の人々の実存と幸福。
放射能汚染が招いた東日本と、西日本の分断。
そしてさらなる悲劇の予兆・・・。
このあたりの要素を絡めて物語が描かれていたのがとても興味深かったですね。
東日本と西日本の分断については悲しいことですが、震災当時僕も強く感じたことでした。
2011年当時、僕は関東から愛媛に戻ってきたばかりだったのですが、正直西日本の人達は同じ国での出来事ながら、やはり人ごとの部分はあったと思います。
SNSで関東から愛媛に転勤で来てた友人は、「愛媛の奴らは完全に人ごとだ」と怒りの投稿をしていましたが、確かにそんな空気はあったし、遠く離れていて実感しにくい部分はあったかもしれません。
そのあたりの空気感も福岡出身の白石一文は強く感じていたのではないでしょうか?
震災から時が経って人々はフクシマのことを忘れようとしているけど、この国は相変わらず放射能によって破滅ギリギリの道を歩んでいる。
まるで凄惨な過去と、破滅の可能性がある未来を見て見ぬふりをするようにフクシマのニュースに関心を無くしていく・・・。
まるでそういった未来と過去をないがしろにして現実逃避しつづけるこの国の人々と呼応するように賢治と直子も未来と過去を離れて桃源郷のような「今」を生きることを選びます。
賢治と直子の関係も過去や未来から断絶された現在の中で束の間の悦楽として存在しています。
賢治には倒産した会社の借金を背負いながら、40歳を過ぎて独り身で生きていかなければならないという目を背けたくなるような暗い未来と、一流大学から大企業に入ったのに不倫が元で仕事も家庭も不倫相手の理香さえも何もかも無くしてしまった憂鬱な過去があり。
直子には実直過ぎる夫と奔放な自分との結婚生活への不安感じる不透明な未来と、愛していた賢治に捨てられてしまった辛い過去があります。
そんな不都合な現実に蓋をするように、現実から逃避するように束の間の2人だけの楽園で睦みあい、快楽を享受する。
2人の行為は不適切なものかもしれませんし、ただ肉欲に溺れているだけかもしれませんが、裏側ではそのような感情が働いているように思えました。
②血と淫欲
以前にも別の記事で書いたかと思いますが、僕が大学生の頃の現代国語の授業がブッ飛んでて面白くて、『ひかりごけ』を取り上げてカニバリズムの話をしたりする先生だったのですが、その先生がした「禁断の果物」の話がとても印象に残っています。
ジャングルの奥地の部族なんかで、決して食べてはいけないとされる果物がある。
食べたら死ぬとか、呪われるとか言われているが、こっそり食べてみると実はめちゃくちゃ甘くて美味しかったりする。
あまりに美味しいものは多くの人が夢中になってしまうために、一部の権力者から禁忌とされていることがある。
と、いう話でした。
その話が転じてこの世界で禁忌とされているものは例外なくとても甘美で、甘美すぎるが故に禁忌とされていて、実は近親相姦も普通のセックスよりとても気持ち良いのだけれど禁忌とされいる、みたいなことも言われていました。
まぁ、近親相姦を避けるのは出産を考えて近接婚を避けているということはあるのだとは思いますが・・・。
ほとんど妹のような直子と何度も交わる賢治ですが、直子も誰とのセックスよりも賢治とセックスが気持ちいいのは血が繋がっているからだと言います。
うん、めっちゃ禁断の香りが(笑)
不倫(正確には結婚前だけど)、近親姦という二つのタブーを犯しながら味わう果実はどれだけ甘美なものだったのでしょうか?
ラストではこの国の決定的な破滅を予感しながらも、愛欲に溺れ続けて現在を漂流し続ける2人の姿が描かれています。
未来が暗いのならそのために現在を捨てずにこのままで生き続けることは叶わないのか?
そんな2人の気持ちが透けて見えるような終わりかただったかと思います。
5、終わりに
単純に愛欲に溺れていくだけじゃなくて、禁忌を犯しつつ、未来から目を背け続ける2人の姿がまるで世界に2人だけしかいないみたいで耽美的で良かったです。
昔好きだったUKバンドSUEDEの『STAY TOGETHER』という曲を思い出しました。
核兵器が降り注ぐ世界の終わりを見ながら2人で一緒にいようみたいな曲で、めちゃくちゃ耽美的な曲です。
まぁ、現実的には許されなくても物語の中ではたまには禁忌を犯してみたいですね(笑)