夕べ窓を洗った激しい雨は止み、空は少しずつ白み始めていた。
夜気は澄んで張り詰めていたが、徐々に朝の空気に変化していく。
夜が明ける。
僕は、いつのまに覚醒していたのだろうか?
気づくと、現実の中にいた。
できれば夢の続きを見ていたかったのだけれど。
現実が、無慈悲に夢の世界に侵食し、まどろみの衣を剥ぎ取っていった。
僕は、口角を上げて。
皮肉っぽく笑う。
いつだってそうだ。
楽しく、くつろいで癒されている時間は短く、あっという間に去っていく。
無慈悲な徴税人が、貧しい人々からただ一枚の銅貨も奪い取るように。
世界はとても酷薄で。
僕は白んでいく朝に。
この世界に。
いつも取り残されていく。
わかっているよ。
時が近いって。
誰にもどうしようもできないんだ。
ここは、遥か遠く太古の昔に定められた時間の果て。
僕はその淵に必死でしがみついている。
終わりの時を予感しながら。
もうすぐ鐘がなる。
ああ、わかっている。
僕はそのことを知っているんだよ。
まるで、輪廻の果てのようなこの瞬間に。
終わりが、訪れる。
「ねえ」
彼女は言う。
「もう目覚めているのよね」
声から、ふわりという音がするように。
とてもとても柔らかく。
音色が。
声色が膨らんで、そして縮んで。
優しく僕の鼓膜を刺激する。
君の、声だ。
何度も。
何度も。
繰り返して聞いた。
君の声だ。
「ああ」
掠れた声で応える。
僕の、声。
君にどう響いているのだろうか?
「朝だね」
空気が柔らかく揺れる。
とても、かすかに頼りなく。
君は微笑んでいるのだろう。
だぶん。
「もう行かなくちゃね」
君は言う。
朝の空気みたいに張り詰めた調子で。
「んん」
くぐもった声で、僕は答える。
わかっているよ。
でも。
もう少しだけ。
微睡んでいたいんだ。
昨夜の雨は窓を洗い流して。
世界の輝きを伝える。
窓を光が透過して。
空を覆っていた雲は去って、もうすぐ山際を太陽の光が白く染める。
そして、青と赤のグラデーションが街を照らしていく。
朝だ。
始まり。
朝。
太陽。
希望。
そういった一つ一つが世界を染めていく。
でも、僕は思う。
祝福しなければならないのだろうか?
始まりを。
朝を。
希望を。
僕は君をかき抱き。
抵抗を試みる。
希望に。
祝福に。
「なに?」
君が微笑む。
もう少し微睡んでいたいんだ。
この世界の希望に背を向けて。
怠惰に身を委ねて。
だけど、君は言う。
「あなたは行かなければならない」
わかっている。
だけど、僕は抗わずにいられない。
僕たちを引き離そうとする運命に。
時間に。
そして。
神々に。
「どうして」
僕は言う。
「僕はここでずっと君を抱いていたいんだよ?君のことが好きだ。君は、僕の心の中の灯火だよ。君を失ったら僕は凍えてしまうよ」
君は困ったように微笑み僕に言う。
「本当はわかってるんでしょう?あなたはもう行かなければならない。あなたを待っている人たちがいる。あなたを必要としている人がいるのよ。わかるでしょう?」
僕は彼女に言う。
「誰が僕のことを待っていたってかまわない。世界が滅びたければ滅びればいい。もうたくさんだよ。僕は君とずっと一緒にここにいたいんだ」
君が困ったように微笑んだ気がした。
夢と覚醒の境界で、最後の鐘が鳴った。
別離の時が近い。
「さぁ、もう行きなさい。あなたを待っている人がいるのよ」
わかっている。
こうやって、僕達は幾星霜。
何千回も、何万回も別れを繰り返してきた。
そして必ずまた巡り合ってきたんだ。
何度も。
僕は跳ね起き、冷たい世界へと旅立っていく。
世界は無慈悲だ。
希望は不寛容だ。
僕は光を、憎む。
朝日は、木々を染めて。
鳥たちは歌う。
祝福の歌を
僕は、部屋を出る前に君に言う。
「今夜もう一度会えるかな?」
「私はいつでもあなたを待っているわ。ずっと、この場所で」
君の言葉に、涙が溢れそうになる。
「この世界はとても冷たい。だけど今日もやれるだけやってみるよ」
僕は君に言う。
「愛してるよ。お布団」
毎朝、繰り返される。
悲しい別離の物語。
僕は、お布団と別れて冷たく凍りついた世界へと歩いていく。
おあとがよろしいようで(笑)冬の朝の悲しい別離の物語です☆
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