ヒロの本棚

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【本】太宰 治『斜陽』~滅びに彩られた黄昏の耽美~

1、作品の概要

 

太宰治、晩年の名作。

1947年、刊行。

当時のベストセラーとなった。

得意とする女性の告白体で書かれている作品で、没落していく貴族を表して「斜陽族」という言葉を生み出し、社会現象となった。

自身のファンであった太田静子の日記を参考に書いたとされている。

太宰はこの女性と関係を持ち、後に女の子が生まれ、自身の名前を一字入れて治子と名付ける。

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先日、公開した蜷川実花監督の映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』にも太田静子との出会いから、斜陽の執筆、私生児をめぐる泥沼のやり取りまでが描かれています。

hiro0706chang.hatenablog.com

 

 

 

 

2、あらすじ

 

父を亡くし、母と2人没落貴族となったかず子。西片の家を売り払い伊豆の山荘で暮らすことになる。

 

幸せを感じる時間もあったが、戦地で阿片中毒になった弟の直治が帰ってきてからさらなる転落の日々が始まる。

 

母の病気は悪化し、直治は酒漬けで、家の金を持ち出しては、小説家の上原と遊びまわっていた。

 

かず子は直治を介して上原と出会い、相手が家庭を持っているにもかかわらず運命の恋に落ちてしまう。

 

3度手紙を送るが返事はなく、失意のかず子だったが、追い討ちをかけるように母が病気で亡くなってしまう。

 

かず子は上原に会うために上京し、関係を持ち子供を身ごもり、直治は自らの存在に絶望し、自宅で服毒自殺をしてしまう。

 

家族を失ったかず子は、お腹の子供と共に未婚の母として古い道徳に対して革命を起こすと、上原に手紙を送り力強く宣言をする。

斜陽 (新潮文庫)

斜陽 (新潮文庫)

  • 作者:太宰 治
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2003/05
  • メディア: 文庫
 

 

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ

 

太宰治を初めて読んだのは18~19歳の時で、『人間失格』で、その陰鬱な世界観に衝撃を受けて『斜陽』を読みました。

 

それまでもわりと本は読んでいましたが、推理小説や、冒険小説のようなものばかりで純文学的作品は初めて読みましたが、美しい文章に彩られた、滅びを美とする耽美的な世界観の虜になりました。

 

ストーリーの力に頼らなくても、文章、人間模様、哲学でこれほどまで美しい世界観を構築できるものなのかと感銘を受けました。

 

この作品は、自分の名刺代わりの小説10選にも入れるほど好きな作品です。

hiro0706chang.hatenablog.com

 

 

 

 

4、感想・書評

①平穏な日々の中の不吉な予兆

序盤は、まるで『女生徒』を思わせるような若い女性の、のびのびとした感性で日々を柔らかく愛おしく綴っています。

 

主人公のかず子は、天真爛漫で甘えたところのある20代前半の女性で、過去の離婚経験はあるが、日々を明るくくらしています。

 

最後の貴族とも言うべきお母さまは、愛らしくも、品性のある立ち振る舞いでいつもかず子の歓心をかっています。

 

僕も常々思いますが、「品性」は才能と環境によって人生の早い時期に醸成されるもので、後天的に身につくものではないと思います。

そういう意味では、お母さまは環境と生来持って生まれた美質で類まれなる品性を持っていた貴族の中の貴族だったのでしょう。

 

文章にひらがなも多く使われて、女性らしいまぁるくやさしいかんじが出てますね。

「お母様」も、「お母さま」と書かれています。

これだけでも随分と文章のやわらかさが違ってきますね。

  

しかし、そういった春の光の中にあるようなやわらかな日々にも不吉な影がよぎり、陽光は暗雲の彼方に追いやられて薄暗い陰が広がっていきます。

 

 かず子が庭に産み付けられていた蝮の卵を焚き火で焼きますが、母蛇が卵を探しに庭と這い回り、かず子は不吉な予感に囚われます。

 

 夕日がお母様のお顔に当たって、お母さまのお目が青いくらいに光って見えて、その幽かに怒りを帯びたようなお顔は、飛びつきたいほどに美しかった。そうして、私は、ああ、お母さまのお顔は、さっきのあの悲しい蛇に、どこか似ていらっしゃる、と思った。そうして私の胸の中に住む蝮みたいにごろごろして醜い蛇が、この悲しみが深くて美しい美しい母蛇を、いつか、食い殺してしまうのではなかろうかと、なぜだか、なぜだか、そんな気がした。

 

自分の悪徳のせいでお母さまを死に追いやってしまうのではないかと、不吉な予感に苛まされます。

 

叔父に経済的な援助を受け生活していた2人でしたが、叔父も経済的に余裕がなくなり、西片の家を売却し、伊豆の山荘に移り住むことになります。

 

かず子は、豊かな自然にはしゃぎますが、「この山荘の安穏は、全部いつわりの、見せかけに過ぎないと、私はひそかに思うときさえあるのだ」と、迫り来る凋落の足音に狼狽を隠せません。

家事を起こした後は、「どうせほろびるものなら、思い切って華麗にほろびたい」とも思っています。

 

お母さまは少しずつ病状を悪化させ、経済的にも次第に困窮して先の見通しも立たない。

表面上は明るく振舞っていても、2人の生活は薄暗いものになっていきます。

 

 

②直治の帰還と地獄の始まり

 

思うと、その日あたりが、私たちの幸福の最後の残り火の光が輝いた頃で、それから、直治が南方から帰ってきて、私たちの本当の地獄がはじまった。

 

弟の直治は戦地より阿片中毒になって戻ってきて、毎日浴びるように酒を飲むようになり、東京で作家の上原ともつるむようになり、「札付きの不良」になります。

でも、直治は働かずに酒ばかり飲んで、家の金をくすねて遊びまわっていても、少しも楽しくなく血を吐くようにして生きています。

 

まぁ、甘えたお坊ちゃんなのですが、彼なりの苦悩を抱えていたのでしょう。

生来の繊細さ、心の弱さを隠すために悪ぶってみたり、道化ぶってみたりして、他人との軋轢に煩悶する。

挙句に、薬に頼り多額の借金を作り周りに迷惑をかけ、ますます自己嫌悪に陥る・・・。

 

まるで、若かりし頃の太宰ですね(笑)

あと、心中未遂でもすれば完璧ですが。

 

僕も、若い時に『斜陽』を読んだときは、直治に共感しました。

ひねくれまくってましたしね(笑)

 

幼稚で自分勝手かもしれませんが、直治も彼なりの地獄を生きていたのでしょう。

かず子は、直治の手記を読んで、直治の途がふさがって途方に暮れ、もがき苦しんでいる様を知ります。

 

地獄と記すには優雅な気もしますが、内面的、観念的な絶望はそれを抱えている本人にしか知覚できないものだと思います。

言葉にすると安っぽく「なんだそんなことか」と他人から言われてしまうようなことでも、それの絶望を抱えている本人にとっては逃れようのない苦痛で、出口も見えません。

 

観念的な「地獄」は可視化も共有もできず、抱えている人間だけ青白い炎で魂ごと焼き尽くしていくのです。

直治も、上原もそれぞれの地獄を抱えてのたうちまわり、死ぬ気で遊んでいたのでしょう。

外から見たらただの遊び人なのですが(笑)

 

 

③上原との運命の恋

かず子は、直治の借金のことで既婚者の作家・上原に会い。

口づけを交わし、「ひめごと」を作ります。

そのこともあり、かず子の結婚生活は駄目になってしまいますが、かず子は上原との邂逅を「運命の恋」と断じます。

 

6年前の仄かな恋心は、かず子の心のうちに燠火のように燃え燻り続け、ついには上原に3通の手紙を書きます。

 

6年前の或る日、私の胸に幽かな淡い虹がかかって、それは恋でも愛でもなかったけどれども、年月の経つほど、その虹はあざやかに色彩の濃さをまして来て、私はいままで一度も、それを見失ったことはございませんでした。夕立の晴れた空にかかる虹は、やがてはかなく消えてしまいますけど、人の胸にかかった虹は、消えないようでございます。 

 

とてもロマンチックな言い回しですね。

6年前の口づけを頼りにラブレターを書いて、愛人にして欲しい、あなたの子を産みたいとか言われたら、現代ではドン引き案件ですが。。

 

こういうところ、太宰は本当に女性的な感性を持っていると思います。

ヴィヨンの妻」「女生徒」など自分のそういった特性を理解しているから、男性作家ながら、女性の告白体の作品が多いのかもしれませんね。

 

しかし、かず子の押しの強さはハンパないですね。

手紙を3通立て続けに送って、家まできて欲しいと言い、返信がなければ上原の家まで押しかける・・・。

これも彼女にとっての「革命」の一環だったのでしょうか?

お母さまが衰弱し、命の輝きが失われるのに反比例して、かず子は力強くなっていきます。

本当に、お母さまから命を吸い取っているように思えるぐらいです。

鳩のごとく素直に、蛇のごとくさとくのままに生きていきます。

 

やっとの思いで上原と再会したかず子でしたが、6年の日々が上原を劣化させていて恋心が消えてしまいます。

それでもかず子は上原と一夜を共にしますが「私のその恋は消えていた」と記されています。

 

「かなしい、かなしい恋の成就」でしたが、かず子は上原に恋をしたというより、恋という概念に恋をして、子供を欲しがったのではないかと思います。

 

 

 

④未婚の母として、古い道徳に対して革命を起こす

 『斜陽』は前半のかず子、お母さま、直治の没落貴族の滅びの美学と、後半の上原とかず子の恋からのかず子の妊娠と革命に内容が分かれているように思います。

 

お母さまは没落貴族として美しく滅んでいき、直治は絶望のうちに自死します。

しかし、かず子は2人の生き方とは正反対に恋に生き、上原の子を孕み、既存の古い道徳に対して高らかに宣戦布告します。

 

かず子の生き方は、現代においてもエキセントリックだと思いますが、当時ではまさに革命的な生き方だったのでしょう。

 

斜陽の中で最も好きな一文があります。

 

人間は恋と革命のために生まれて来たのだ。

 

美味しく、甘美なものは禁忌として遠ざけられているというような一文がありますが、大学時代の現代国語の講義でまさしくそのような内容の話がありました。

例えば、ジャングルの奥地なんかで、絶対に食べてはいけない果物があるとします。

そんな果物は大体とんでもなく甘美で美味しいそうです。

 

かず子は家族を失いましたが、お腹の子供と古い道徳、世間の偏見と戦って生きていくことを決意します。

僕が仕事(介護)で関わっていた90歳過ぎのおばあちゃんがよく言っていましたが、この頃の没落貴族の娘さんは娼婦になることが多かったそうです。

そんな中、かず子の力強さは異彩を放っていると思います。

 

 

 

5、終わりに

 

今回再読して、直治の想い人が上原の奥さんということに気づきました。

今更ですが(^_^;)

滅びへ向かう耽美さと、革命に向かう新しい世代の女性の力強さのコントラストが改めて印象的な作品でした。

 

 

 

 

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