ヒロの本棚

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【本】辻村深月『ツナグ』~逃れられない喪失と向き合う~

1、作品の概要

2010年に刊行された辻村深月の連作長編小説。

依頼者を、死んだ人間に一度だけ会わせることができる能力を持つ使者(ツナグ)をめぐる物語。

 第32回吉川英治新人賞受賞作。

2012年に映画化した。

続編『ツナグー想い人の心得ーも出ている。

 

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2、あらすじ(ネタバレありまくり)

①アイドルの心得

自分に自信が持てず親からも疎まれている平瀬愛美は、大ファンだった水城サヲリの突然の死にショックを受ける。彼女に会って話がしてみたいの一心で、死者と引き合わせてくれる使者に依頼をする。ダメ元の依頼だったが、水城は、ただの一ファンでしかない平瀬に会ってくれることになった。平瀬は、水城に叱咤激励されて生きる力を得たのだった。

 

②長男の心得

 畠田靖彦は、地方の工務店の経営を父から引き継ぎそれなりに経営していたが、後継の長男を頼りなく思っていた。母のツルは2年前に癌で亡くなっていたが、山の権利書を探していると嘘をついて使者に依頼をして、ツルと面会する。ツルの病気を周りに告知しなかったことを、今でも悩む靖彦だったが、ツルはそんな靖彦に理解を示す。。数年後に、ツルが使者に依頼して、太一を連れて父と会っていたことを日記で知り、ツルの想いに気付いた。

 

③親友の心得

演劇部に所属する、高校2年生の嵐美沙と御園奈津は無二の親友だったが、主役を争うことで、嵐が御園に嫉妬するようになり、2人の関係はギクシャクしてします。御園は、ある朝自転車の交通事故でこの世を去る。自分が、坂道の家の水道を故意に流したままにしたからでは、と罪の意識に苛まされる嵐。使者を通して、御薗に再開する嵐だったが、水道を流した話はできず。使者に残された伝言を聞いて、関係修復の機会を永遠に失ったことを知り、取り乱すのだった。

 

④待ち人の心得

土谷功一は、7年前に突然消えた婚約者の日向キラリを探すために使者に依頼をする。死者より、キラリが会う旨を伝えられた功一は、キラリがこの世にいないことを知り衝撃を受ける。キラリとの面会当日、逃げ出した功一だったが、使者の少年に諭されて会うことを決意する。キラリから、実家に帰る途中に事故死したこと、名前と年齢など偽った家出少女だったことを告げられ、お互いの愛情を確認する。

 

⑤使者の心得

歩美は入院した祖母から、初めて使者のことを聞かされて、使者の力を受け継ぐことを決意する。研修で平瀬と畠田の依頼をこなし、同じ学校の嵐の依頼もこなすが、御園に会った後の嵐の取り乱しかたに動揺する。土谷の依頼では、祖母から死者を呼び出す方法を引き継ぎ、キラリに会う前に逃げ出した土谷にキラリと会うよう説得する。

使者を呼び出す鏡が、使者以外の者が鏡を見た時に、使者とその鏡を見たものの命を奪うと聞いた歩美は、父と母の命を奪ったのが、その鏡であったことを知る。祖母は、疑いの末の悲劇だったと思っていたが、歩美は母が父を祖父に会わせようと鏡を使った末の悲劇だったのではないかと気づく。

そして、使者の力を引き継ぐべく、鏡に手を置くのだった。

 

ツナグ

ツナグ

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ

ツィッターなどで良い小説だと言っている人が多かったので、読んでみました。

死んだ人間に会えるっていう設定にも惹かれました。

ちょっとオカルトっぽい不思議な話も好きなもので(^_^;) 

辻村深月の小説は、初めて読みました。

 

ツナグ(新潮文庫)

ツナグ(新潮文庫)

  • 作者:辻村深月
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/09/01
  • メディア: Kindle
 

 

 

 

4、感想・書評

連作長編で、最初の4編は依頼者の視点で、最後の1編が使者の歩美の視点で描かれる物語の構成が秀逸だと思いました。

謎の存在だった使者が普通の高校生で、使者の力を持つ前の存在だったことを「使者の心得」で明かされていきます。

後日談も含めて、舞台裏の種明かし、使者になるまでの過程が描かれるのは興味深かったです。

 

「アイドルの心得」では、平瀬の日常の行きづらさが描かれています。

職場の同僚にも、家族にも疎まれている存在。

読んでいて、胸が苦しくなりました。

平瀬自身も自分がそういう存在なのを理解していて、劣等感を持って生きています。

 

そんな、平瀬を救ってくれていたのが、アイドルの平瀬カヲリでした。

思いがけず、使者を通して彼女に会えた平瀬は、自分の存在を認めてもらっていたことに背中を押されて、強く生きていくことを決意します。

 

「使者の心得」で、歩美と再会した時は立ち振る舞いからしっかりとした良い変化がありました。

誰かが、認めてくれているという想いが、明日の強さに繋がっていくのだと感じました。

 

 

「長男の心得」は親子の秘められた想いの物語です。

「長男」や「後継」などの概念は薄くなってきていますが、田舎だったり、自営業だったりすると、まだまだこういった考え方は根強く残っているのだと思います。

 

僕も、介護の仕事をしているので経験がありますが、亡くなったあとで「あの時の判断は正しかったのか?他にやりようはなかったのか?」と思い悩むこともあります。

相手が亡くなっていると、その答えは永遠に返って来ず、後悔の念として残ることになります。

 

靖彦を突き動かしたのはそういった後悔の念でした。

「病名を告知しなくて良かったのか?」

母のツルは、靖彦の問いかけに「あなたは優しい」と答えます。

一見、答えになってはいませんが、正しいも正しくないも、長男の靖彦が下した決断を全肯定するという答えなのだと思いました。

親の想いって、普段なかなか触れるものではありませんが、子が考えているより深い愛情に満ちているのかもしれませんね。

 

最後に、母が孫の太一を連れて、亡き父と使者を介して会っていたことを知る靖彦。

改めて、母の想いを噛み締めるのでした。

 

 

「親友の心得」バッドエンドな感じでしたね・・・。

女性同士の人間関係ってこじれると難しそうですよね(^_^;)

男みたいに言いたいことを言い合って、河原で殴り合って、最後に握手してガハハと笑っておしまいみたいにいかないですものね。

 

嵐が御園に会う理由が、水道の蛇口を開けたのを見られていたかもしれないから、他の人にばらされる前に自分があって、その機会を潰すっていうのも何だか・・・。

こええ(;´д`)

 

嵐は、水道の蛇口を開けたことを御園に打ち明けるかどうか悩みますが、結局踏み込めないまま別れます。

その後に歩美から聞かされた伝言が「道は凍ってなかったよ」でした。。

いやまた、こえええええ(;´д`)

「使者の心得」で明らかになりますが、嵐が打ち明けてくれたらこの伝言は伝えずに、そのまま言わずにいたらこの一言を言うように御園は段取りしていたのでした。

これはきっと、絶交の宣言ですよね。

嵐もそのことに気付いたから、あれだけ取り乱したのでしょう。

そして、もう挽回のチャンスはなく一生くすぶった想いを抱えて生きていくことになります。

これはもう一種の「呪い」ですよね。

御園のこういった態度の裏側には「使者の心得」での歩美とのやり取りのことがありました。

御園が言っていた歩美へのコートの感想を、嵐が歩美に同じように言っている。

自分が死んだあとに、歩美に恋心が芽生えたのか?もしかしたら、ずっと前から?

「私が死んだ、後で・・・?」

つるつるとした、丸い氷のような声だった。冷気に曇り、さえざえとして、そして、引っ掛かりのない表情の乏しい声は、必死に感情の出口を探している。

 

この後に、御園は歩美に伝言を伝えたことを考えると・・・。

しつこいようですが、こええええええ(>_<)

 

 

「待ち人の心得」はとても切ない話でした。

自分の婚約者が突然音信不通になり、7年間待ち続ける。

いや、辛い話ですよね。

しかも、生きているか死んでいるかわからないって・・・。

こっぴどく振られたほうがマシですよね。

 

功一は、色んな可能性を考えます。

事故にあったのではと、ニュースも無意識的にチェックする。

そして、自らを痛めつけるかのように仕事にのめり込んでいきます。

 

キラリとの回想シーンは、とても微笑ましかったです。

引っ込み思案だった、功一がキラリの無邪気さとひたむきさに心を動かされていく様子がわかります。

あー、ええ子やなぁって感じで、何故いなくなってしまったのかと思いますよね。

 

そして、使者に依頼し承諾の返事があったことで、功一はキラリが死んでいることを知ります。

覚悟はしていたけど、現実を突きつけられる功一。

自分はなぜ確かめてしまったのだろう?

功一は激しく葛藤し、キラリと会う日に逃げ出してしまいます。

歩美が感情露わに功一を説得する場面は印象的でした。

 

キラリは迷いながらも功一を前に進ませるために真実を打ち明けました。

いや、もう切ないですね。

最後に、クッキー缶の中から初デートの映画の半券と、ポップコーンの容器が出てきた時にはもう・・・。

泣いてまうやろ。。

話的にはベタかもしれませんが、僕的にはこの話が一番好きでした。

 

 

「使者の心得」は4編の物語の裏側と、その後日談を読めて面白かったです。

嵐のようなケースもあり、生者が死者と会うことは決していいことだけではない。

また、生者が死者から何かを得ようとするのはエゴではないか?

歩美は、使者になる準備をする過程で悩みます。

 

使者って何なのか。死者は生者のために存在してしまっていいのか。死者に会いたがるのは、すべて生者の勝手な都合でなないのか?

 

しかし、水城カヲリと会うことで前を向けた平瀬と再会し、自分なりの答えにたどり着きます。

 

「会ってください。お願いします」

それが、生者のためのものでしかなくても、残された者には他人の死を背負う義務もまたある。失われた人間を自分のために生かすことになっても日常は流れるのだから仕方ない。

 

「待ち人への心得」での歩美の態度が急に変わっていった訳がわかった気がしました。

歩美も依頼者との関わりの中で、死者と生者を引き合わせることに悩み葛藤し、成長を遂げていっていたのですね。

 

生きていく強さを水城カヲリにもらった平瀬、御薗に舞台に立たされ続けるかのような嵐。

2人の姿を見て歩美は、死者のことを心に抱えて、想いつづけることで共に生きていく生き方に気づきます。

そして、そのことをヒントに両親の死の真実に気づきます。

母は、疑いではなく父を思いやって過ちを犯し、鏡が2人の命を奪った。

つないだ手と手が何よりの証だったのでしょう。

確かなことは何もありませんが、歩美はそう確信し、罪の意識に囚われる祖母の気持ちを救います。

 

死者が残した物語が生者の為のもので、生者はその物語から影響を受けながら新しい自分の物語を紡いでいく。

連綿たる継承。

命から命へとバトンが渡っていく。

肉体は滅びても、死者の想いと物語は生者の中で永遠に生き続けるのでしょう。

 

 

 

 

5、終わりに

 

僕も、介護の仕事を通して看取りを経験したことが何度もあります。

長い付き合いの方だと、その関わりの中でその方の人生の物語に触れたような経験をすることがあります。

主観で語られる自分人生は、まるで物語のようだと思いました。

もしかしたら、他の人から見たら事実と違うところはあるかもしれませんし、美化されているところもあるかもしれません。

でも、その方にとって過ごした人生は自分が語る物語そのもので、事実の及ぶところではないのだと思います。

 

物語を共有して、継承する。

物語が閉じるのを見届ける。

それが、看取りなのではないかと思います。

ツナグを読んで改めてそう思いました。