ヒロの本棚

本、映画、音楽、写真などについて書きます!!

【本】小川 洋子『ことり』

1、作品の概要

 

2012年に刊行された小川洋子の書き下ろし長編小説。

朝日新聞社より刊行。

2012年第63回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。

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2、あらすじ

 

小鳥の小父さんと呼ばれる男性が、自宅で鳥籠を抱いて亡くなっているのが見つかった。

彼には日本語を一切話さずポーポー語なる独自の言語を話す兄がいて、両親が早く亡くなったあとは2人で生活していた。

風変わりな兄の影響で小鳥を愛で、幼稚園の鳥小屋の世話をボランティアでしていた小鳥の小父さん。

彼の慎ましい人生に起こったいくつかの印象的な出来事の陰には、いつも小鳥の存在があった。

 

 

3、この作品を読んだきっかけ、思い入れ

 

小川洋子さんってとても不思議な作家で独特の「閉じた世界観」がクセになるというか。

定期的に読みたくなる作家の一人です。

 

『ことり』はツィッターでもおすすめしている方が多くてすごく気になっていました。

またしても彼女の独特の物語の世界に囚われている自分がいます。

 

 

4、感想・書評

 

小川洋子の作品は、様々な事件が起きてたくさんの人々と関わりつつ大きく物語が動いていく、なんてことはなくて限られた登場人物の中であまり変化がなく物語が進行していくことが多いです。

『ことり』でも主人公の小鳥の小父さんが活動的ではない人間であることもあって、ほぼ自宅の数百メートル内で完結する閉じられた物語です。

登場する人物も小鳥の小父さんと関わる数人の人々がメインでとても閉塞的な感じがします。

 

でも、そういった物語が好きか嫌いかと問われるともちろん大好きで、いや閉じてればいいってもんだもないんでしょうけど、閉じている分物語の密度がとても濃くてその「濃度」こそが小川洋子の真骨頂なのではないかと思います。

まだ4作しか読んでない読者が何を偉そうにって感じですが(笑)

余談ですが、村上春樹の『騎士団長殺し』も非常に閉じられた作品だと思っていて、大半は半径数百メートルで完結している物語だと思います。

 

そういった物語の閉鎖性が何をもたらすのか?

それは、物語の密度であり、登場人物の考え方や価値観などを文章で深く掘り下げていく精度であるのではないかと思います。

『ことり』でもお兄さんと小鳥の小父さんの感性や関係性などを深く描写していった結果この二人の主要人物がとてもリアリティを持って物語の中で浮き上がっています。

それは、お兄さんが亡くなった後でも、ことあるごとに小鳥の小父さんの行動を規制して規定していくと同じように、僕たち読者の目線や思考をも「お兄さんならこう考えるよね」とか、「お兄さんならきっとこう感じる」などの方向に誘導していきます。

これだけ登場人物の思考や行動に深く寄り添い、まるである種の呪いのように囚われ続ける物語があるでしょうか?

 

お兄さんがどのように行動して描写し続けて、弟である小鳥の小父さんがお兄さんに対してどのような気持ちで接していてるのか、どんな影響を受けたのかを物語の前半部分で描いています。

ある種の執拗さを感じるレベルで。

そして、お兄さんが死んでしまい小鳥の小父さんが一人になってしまった後も小鳥の小父さんはお兄さんの思考や振る舞いにずっと強く影響されて囚われ続けます。

まるでグリム童話で呪いをかけられて永遠に踊り続けるマリオネットのように。

 

小鳥の小父さんの人生には、ずっと小鳥の存在があって彼の人生の支えにもなっていますが、その小鳥に対してもお兄さんの存在が常にこびりついていてずっとイメージを規定し続けます。

それでも、図書館の司書に淡い恋をしたり、あおぞら薬局の店主と交流したり、幼稚園の鳥小屋を掃除することで園長先生や園児達とささやかな繋がりが芽生えたり。

小鳥の小父さんは、小鳥の小父さんなりに生きていきます。

そして、小鳥の小父さんらしく死んでいきます。

 

何かもっと違う人生があったんじゃないかと思いますし、小鳥の小父さんが出会った人々はすれ違っていき彼の人生から残らずこぼれ落ちていきます。

あっ、唯一ずっと一緒だったのはあおぞら薬局の店主ですが、彼女の存在は何か不思議な印象です。

小父さんの相似系というか・・・。

彼女はこの薬局という場所に縛り付けられているように思いまうす。

そして、またここにひとつの呪いがあるように思えます。

 

たくさんの人とすれ違って、想いが届かなくて、小鳥ではなくて子取りだと言われて通り名さえも汚されて。

何かいたたまれないようにも思えるのですが、小鳥の小父さんはずっと心の中にある確かな何かに従って行動しているように思えます。

それは、お兄さん過ごした日々とそれによって与えられた感性と考え方で。

別に他者にどう思われようと、深い意味ではそれほど傷ついてはいなかったのではないかと思います。

 

人生で大事だと思えるものは限られているし、それが手の内にあるならば何も恐れるものはありません。

他人の感覚や、意見など、関係ありません。

一体彼らに何がわかるというのでしょうか?

 

お兄さんと小鳥の小父さんは、両親を早くに亡くしたし、一般的にみてそれほど幸福な人生を送ったとは言えないと思います。

でも彼らの感性や思考、そして生きるということにどれだけ満ち足りていたのかという心の中の風景。

それを物語として目にした時に、僕達は彼らの人生を切り捨ててしまうことはできないはずです。

小鳥は、常に彼らの傍らにいて青空に澄み渡るような澄んだ声で鳴き続けていたのだと思います。

 

 

5、終わりに

 

 ブログ書かなかったら、「なんかいい小説なんだよ!!」で終わってたかもしれませんが、自分なりにアウトプットしていくうちにこの物語の核のようなものに少しだけ触れられたような気がしました。

小川洋子の作品に触れていていつも浮かんでくる言葉が「呪い」だと言ったら彼女の作品のファンは怒るのでしょうか?(^_^;)

 

でもどの物語でも、ある種の支配や呪いが幅を効かせて登場人物の行動を規定して、結末へと導いていくような気がしています。

靴が踊り続けて最後は姿を消してしまうグリム童話の話みたいに。

誰も目が届かない最後に連れ去っていってしまうように思えます。

小鳥の小父さんもまた、お兄さんの呪いを背負って心臓が止まるまで踊り続けたのでしょうか?

 

 僕は悲観的というか物語の暗い側面についついスポットを当ててしまうのですが、心温かなエピソードも多かったと思います。

 

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【映画】TENET~時間を逆行する謎満載のSFアクション~

1、作品の概要

 

2020年9月に公開された米英共同制作のSF映画。 

ダークナイト』『インターステラー』『ダンケルク』などのクリストファー・ノーラン監督作品。

ジョン・デヴィット・ワシントン、ロバート・パティンソンなどが出演している。

時間の逆行をテーマにしている。

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2、あらすじ

 

CIAの特殊工作員である主人公はウクライナのテロ事件の後に捕獲され、テストをクリアした後に謎の組織TENETにスカウトされる。

時間の逆行と、世界を破滅へと向かわせる9つのアルゴリズムの存在を知り、相棒のニールと共に世界を救うために動き出す。

インドの武器商人プリヤから、ロシア人のセイターが未来人と関与して時を逆行させていると聞き、彼の妻のキャットに近づくが・・・。

 


www.youtube.com

 

 

3、この作品を観たきっかけ

 

タイムリープとかSFっぽい映画好きだし、監督もクリストファー・ノーランだし面白そうだからちょっくら観てみるか、ってな軽いノリで観ました(笑)

いや、内容が超難解でしたね(^_^;)

しかし、逆行シーンの映像も斬新だし、謎に満ちたストーリーなどめっちゃハマりました。

TENET テネット(字幕版)

TENET テネット(字幕版)

  • ジョン・デイビッド・ワシントン
Amazon

 

 

4、感想・書評(ネタバレあり)

 

いや、もうとにかく難解なストーリーで観ながら?マークが飛びまくりました(笑)

ですが、ぼんやりとした筋は理解できましたし、映像や演出のかっこよさもあり最後まで夢中で観ました。

逆行している映像も斬新でかっこよかったですし、世界観が独特でしたね。

クリストファー・ノーラン監督が着想を20年にわたって温め続けて、脚本も6~7年に渡って練り続けただけあってすごく完成されてリアリティが高い世界観でした。

 

この作品の最大のウリである、時間が逆行する不思議なシーンも見所で高速道路で車が逆走していくアクションシーンなんかもカッコよかったですね!!

そしてただでさえ難解なストーリーなのに、じっくりとした説明をしている暇もないほどの速さで物語は急速に展開していきます。

一瞬でも目を離すと置いていかれる。

ってか、ちゃんと観てても置いていかれてました(笑)

 

時間の逆行が物語のキーとして存在する為にちょっとした出来事やエピソードも後の重要な伏線になっていったりしています。

冒頭の場面でも変な跳ね方をする銃弾、主人公を救った兵士のリュックに付いていたコインのストラップ。

なんか怪しいとは思いましたが、予想外の繋がり方をしました。

 

徐々にTENETの作戦の全容が明らかになっていきますが、未来からと過去からセイターを挟み撃ちするとかめちゃくちゃ壮大な作戦ですね!!

ラストシーンの順行組と、逆行組に別れてのアクションも独特でスリリングでした。

ちょっと脳みそが混乱しすぎて頭痛くなりそうでしたが(笑)

 

最後まで観終わっても、何かまだたくさんの謎が残されているような・・・。

ニールのキャラクターが好きでしたが、不自然に思えるぐらいに主人公をバックアップしていたように感じましたが本当に未来のボスをサポートしていただけなのでしょうか?

考察で書いていた人もいましたが、僕もニールはキャットの息子なのではと思いましたが真相は?

うーん、もう一回観てみたいですねぇ!!

 

 

5、終わりに

 

いや、もうクリストファー・ノーラン監督の頭の中はどうなってるんでしょうか?ってなぐらいにすごい世界観を持った独特で難解な映画でした。

ダンケルク』しか観たことなかったけど、他の作品も観てみたくなりました。

あと、なにげに音楽も不穏な感じでカッコよかったですね。

作品の雰囲気にピッタリでした♪

 

 

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【音楽】フジロック2000のおもひで♪苗場スキー場でつかまえて。

フジロック2021~東京!!苗場!!アムステルダム!!☆

 

フジロック2021が政府からの基準を守りながら、8/20~22の3日間に渡って開催されました。

このご時世ですし、批判も多かったことでしょうし難しい決断だったかと思いますが・・・。

出演のアーティスを日本人に絞っての開催だったようですが、KING GNU電グルくるりなど僕の好きなミュージシャンも参加していました。

 

コロナ禍に開催されることの可否ははっきり言ってよくわかりませんが、遠い田舎にいて参加できない僕もちょっと嬉しかったですねぇ。

しかも、今回はYouTubeで無料配信されていたようで、ツィッターのTLが盛り上がっていたのに気づかずに大好きなKING GNUのライブを見逃してしまいました(^_^;)

それでも最終日の電グルYouTubeで観れて、フジロックを少しだけ味わえました♪

 

いやー、やっぱライブはいいっすね!!

早く気兼ねなく盛り上がってウェイウェイしたいもんですなぁ!!

来年の今頃は状況が改善されていたら良いですねぇ~。

 

 

☆21年前にフジロックに参戦したおもひでボロボロ☆

 

大学4年生の夏休みに・・・。

フジロック2000に1日だけ参戦しました!!

って、就職活動はどしたんって感じですが(^_^;)

 

サークルの連合会活動みたいなやつで仲良くなった音楽好きのNと勢いで行ったのですが、本当にマジで人生観が変わるぐらいの衝撃を受けました。

チケ代も安くはなかったんで悩みましたが、本当に行ってよかったと思います。

ちなみにこちらの画像が、タイムテーブル!!

僕達は、3日目に参戦しました。

ケミブラ、フーファイターズ、プライマルスクリーム、イアン・ブラウンなど海外のビッグネームが参加していてめっちゃ豪華ですね!!

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3日目に参加したのはイアン・ブラウン(元ストーンローゼスボーカル)、プライマルスクリームが一番のお目当てだったかな?

でも結果的には、ブンサテを始めとする日本のアーティストにノックアウトされました。

 

 

フジロック号なる鈍行列車に揺られて電車でGO☆

 

貧乏学生だったんで行き帰りを鈍行列車で車中泊しながら0泊3日で行き帰りする弾丸ツアーチケットを買いました。

ええ、新幹線で行ってホテルに泊まる金などありませぬよ。

天気さえ良ければ、テント泊なんかも楽しそうですけどね~。

 

確かフジロック号とか名付けられた専用の鈍行列車が東京から夜行で出ていました。

でも、寝台列車ではなくフツーのBOX席タイプの列車で、興奮状態もありほぼ寝られずに東京から苗場に向かいました。

列車の中で単身フジロックに向かう女の子と仲良くなり3人でワイワイ盛り上がりました。

こういうのも旅の醍醐味ですね~。

 

苗場に着いたのは5時とかめっちゃ早朝でやることもないんで会場に向かい、テキトーに時間を潰しました。

最初に観たのはAIR

一番小さいステージでしたが、柔らかいヴォーカルにラウドなサウンドがカッコよかったですね♪

 

そっから夜までほとんどホワイトステージにいたと思います。

当時ダンスミュージックが好きになり始めたころで、ロックシーンでもケミブラやファットボーイスリム、アンダーワールドなんかがシーンを席巻していました。

そんなわけで、MOBYなんかもいい感じでめっちゃ踊れましたし、バッファロードーターもオルタナでカッコよかったです♪

 

そして、この日一番の衝撃だったブンブンサテライツ・・・。

21年経った今でもあの衝撃は忘れられないですね。

ヨーロッパなどの海外で人気に火が付いた当時流行りのブレイクビーツっぽいサウンドのバンドですが、電子音も使いながら骨幹となるサウンドはバンドサウンドで、もうライブがめちゃくちゃグルーヴィーでカッコよかったですね!!

最前列で金網にかじりつきながら聴いてましたが、観衆の熱気とバンドのタイトなグルーヴがぶっ飛びまくっていて、脳ミソが蒸発しそうなぐらい興奮しました!!

どのアーティストを観るかはバンドやってたNにお任せしていましたが、さすがのチョイスでたくさんの未知の音楽に出会えて本当に感謝してます。


www.youtube.com

 

そして夜も更けて、電気グルーヴ登場!!

名作『VOXX』からの曲を中心に、リリカルで美しい名曲「虹」、そしてフジロック定番の「富士山」など笑いあり涙ありの90分!!

MCも、瀧の着ぐるみパフォーマンスも大爆笑(笑)

 

記憶が曖昧なんですが、虹の時に流星群が流れていたような・・・。

VJの映像もコミカルかつ美しくて最高でした!!

汗だくで死にそうになりながら踊りまくりました。


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ブンサテとか、電グルが良すぎたせいかプライマルスクリームの印象がほとんどありません(^_^;)

一番楽しみにしていたはずなんですがねぇ。

ライブの出来もそんなに良くなかった気がしますね。

でも、プライマルがこの時期に出したアルバム「エクスターミネーター」は最高だったし、「Swastika Eyes」はとある理由で僕達のアンセムになりました(笑)


www.youtube.com

 

そして、事情は忘れましたがメインステージに突如最後に出演したのがソウル・フラワー・ユニオン

もうお腹いっぱいになっていて、汗びっしょりで踊り疲れていた僕たちでしたが、気がつけば彼らの音楽に魅了されていました。

もう日が変わろうという深夜の時間帯でしたが、ステージ前では肩を組んでぐるぐる回る人々の姿が・・・。

 

あの光景は一生忘れませんし、音楽のマジックがもたらす奇跡だと思います。

僕がクラブ通いして、DJを始めたのも全てはあの光景をもう一度見たい。

自分もその光の中にいたいという気持ちからでした。

 

その願いは、僕が想像をしていた以上の熱量と感動を持って叶えられました。

本当に僕は幸せだと思います。

そして、全ての始まりはフジロックにあったのだと思いますし、あの夜感じた音楽の魔法は僕の胸の中でずっと鳴り続けています。

 

とか言いつつ、このフジロック2000以来フジロック行ってないなぁ~。

コロナが落ち着いたら、子供と一緒にキャンプして楽しめたら最高ですね♪

 

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【本】間埜 心響『ザ・レイン・ストーリーズ』~雨にまつわる13の魔法~

1、作品の概要

 

2021年2月に刊行された間埜心響の短編小説。

雨をテーマに13編からなり、それぞれの物語が繋がりあっている。

 

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2、あらすじ

①通り雨

本屋の店先で雨に降こめられ蓉子と、声優の男性。

彼は、FMの深夜放送で推理小説作家・北ノ森ノマドの作品を朗読していると話すが・・・。

 

②雨の日は偏頭痛

探偵の蘭世伊玖磨は、下村夫人より最近不審な行動が目立つ夫の浮気調査を依頼される。

そして、判明した真実は彼女の想像を遥かに上回るものだった。

 

③相合傘

老齢の伊達がボランティア帰りの喫茶店で日曜日に出会う女性。

彼女が幸福そうに連れ添う男性にはある秘密があった。

 

④雨を降らす男

 女優の円城時舞子は主演の映画のラストシーンで、なかなか監督からのオッケーがでずに悩んでいた。

スタジオで居残りで練習している時に雨を降らす小道具係と出会い、勇気をもらう。

翌日スタジオで彼の姿を探すが・・・。

 

熱帯雨林

有砂は香港で夫の会社の懇親パーティーでサミーという青い目のイギリス人と恋に落ちた。

蜜月の2人だったが、香港島を襲った豪雨被害をキッカケに離れていく。

 

⑥イット・レインズ・キャッツ&ドッグス

多佳子は神経質な夫・耕司との暮らしに悩んでいた。

ある時多佳子が帰宅すると、 腹痛で夫は臥せており、薬局で腹痛の薬を買ってくるよう頼まれた。

その道中、様々な想いが多佳子の胸に去来する。

 

⑦雨上がりの飛翔

碧は、夫の慶彦と4歳の娘・美里の3人で暮らしていた。

ある時、近所の千葉さんからアゲハ蝶の幼虫をもらい、生育に夢中になる。

 

⑧時雨の里

華道蘭世流の当主・蘭世匠磨は病床の身にあった。

彼は娘の華苗に、不仲の長男・伊玖磨に家に戻り後継の話し合いをするよう説得を依頼した。

華苗と伊玖磨。

異母兄弟の2人には触れられぬ秘密があった。

 

⑨てるてる坊主

めぐみ保育園の保育士である紘子は、夏見先生、康代先生と一緒に発表会を控えて準備に追われていた。

夜の帳が落ちるころ、3人は発表会の演目であるてるてる坊主についての怖い謂れと、保育園の怪異について話し始めるが・・。

 

⑩ノーベンバー・レイニー・ブルース

 高校生だったムネは、雨の日に自分の傘に入ってきた女の子と彼女が落としていったスケッチブックのことがずっと気になっていた。

大人になり帰郷した彼は、戯れに母校の高校に立ち寄り1枚の印象的な絵を目にする。

絵の作者にまつわる話を耳にして、彼の胸に去来した想いとは?

 

⑪降る亜米利加に袖は濡らさじ

藤枝総理は、オーストラリアの山火事火災の邦人被災者に関してのやり取りの中で、サミュエル・ロー博士が日本への帰化を望んでいることを聞かされる。

世界的に高名な博士の提案に違和感を感じる藤枝は、調査を依頼する。

 

⑫雨夜の品定め

雨の夜。

とある雀荘に赤いハイヒールを履いた美女。揚羽が現れ、不穏な空気が流れる。

 ある密命を受けたCは彼女に接触するが・・・。

 

0雨乞い

 国民的なアイドルの「彼女」は、双子の兄弟の粗暴な弟とトラブルになり、部屋に引きこもってしまう。

双子の兄弟の物静かな兄に説得されて、再び人々の前に姿を現そうと決意するが・・・。

 

 

3、この本を読んだきっかけ、思い入れ

 

ツィッターでやり取りさせて頂いている間埜心響さんが書かれている13篇の短編集。

雨にまつわる話が元々好きで、前々から興味を持っていました。

ネットで注文したのですが、取り寄せるのに時間がかかってしまい、その間ツィッターのTLに流れてくる読了ツイートを指をくわえて眺めていました(笑)

 

『ザ・レイン・ストーリーズ』を読んでいる時、折しも西日本は季節はずれの秋雨前線の停滞に見舞われて、梅雨のような長雨となりました。

アスファルトを優しく濡らしたり、時に激しく窓を叩いたりする雨音をBGMに雨にまつわる13の物語を読みすすめました。

 

 

 

4、感想・書評(ネタバレあり)

 ①通り雨

 さっきまで晴れていた空が曇りだして大粒の雨が落ちてくる。

本屋の軒先で雨宿りをしているひと組の男女。

うーん、なんか絵になる場面ですねぇ。

間埜さんの小説はひとつひとつのシーンが印象深くて、まるで映画のワンシーンのようなイメージが脳裏に浮かんできます。

 

会話のやり取りのテンポが良くて、声優の男性にイニシアチブを取られている蓉子でしたが、最後にどんでん返しが!!

「さっき言ったでしょう?私、本はあまり読まないって」

 

②雨の日は偏頭痛

『ザ・レイン・ストーリーズ』は 、それぞれの物語がさりげなく絡み合っているのもとても面白いところで、読み進めていくうちに結びつきが明らかになって、それぞれの物語に更なる奥行がもたらされています。

「雨の日は偏頭痛」の下村夫人は「通り雨」の主人公で、探偵の伊玖磨は「時雨の里」の登場人物でもあります。

 

浮気調査が何ともほっこりと解決して、夫婦関係は正に雨降って地固まるといった形に。

下村夫人と伊玖磨のセリフのやり取りが秀逸でニヤリとなります♪

「最初の思わせぶりなフェイントは余計だったわ」

 

「それは何よりでした。最初のフェイントは余計でしたがね」

 

③相合傘

恋は盲目と言いますが・・・。

不幸な生い立ちの中年女性が結婚詐欺師に騙されてという話ですが、彼女が自分を守ってくれて降りしきる雨に傘をさしかけてくれる男性を求めていたっていうのも切ないですね。

ただ彼女が男性と一緒にいる時の描写がなんとも素敵でうっとりとしてしまいます。

幸せそのものといった様子で彼女は男の左腕の中にすっぽりと収まった。

やっと帰ってきた親鳥を待ち焦がれた幼鳥のように、彼女の顔にはこの上ない安堵とわずかな官能が滲んでいた。

黒い大きな傘の中にある二人だけの世界には、誰一人足を踏み込めないように思えた。

 

そんな彼女と偶然知り合い、男が結婚詐欺師だと知ってやきもきする伊達。

ラストシーンで幸せそうな彼女の姿を見かけてホッとします。

最後の一文が秀逸ですね。

 

それにしても女は強い。時はこうして過ぎていくのだ。

 

他の物語でも、最後の一文が印象的で心に残るものが多かったですね~。

 

④雨を降らす男

 女優の舞子は、主演映画「霧雨に消えて」のラストシーンの演技に悩んでいました。

居残り練習中に出会った雨を降らす係の小道具さんとの交流が良いですねぇ。

彼は、舞子が感情を吐き出して泣き止むのを待ってから彼女に言います。

「いいですね、その顔、その表情。あなたが素のあなたになって、たった今私に見せてくれた感情の迸り、あなたの肉体と魂のそこから湧き上がるような情熱の炎を、そのまま明日のカメラの前で見せてください。約束ですよ。わたしはあなたの全てが最高に光り輝くように、あなたの演技が頂点まで上り詰めるように全力で雨を降らせますから。時には激しく、時には優しく、雨の滴があなたの顔を輝かせこそすれ、あなたの美しさがこれっぽちも損なわれないように、細心の注意を払いながら」

 

とても美しい文章ですね。

他者を演じるということは、ある意味で虚構を演じるということかもしれませんが、そこに役者自身の魂がこもっていなければ観る人の心に届かないのではないでしょうか?

空っぽの骸に魂を入れるような、泥をこねて生命を創り出すようなとても崇高な行為なのかもしれません。

 

「雨降らしの源」はそんな演技にとって大事なことを伝えたかったのではなないでしょうか。

きっと映画がお芝居が好きな方だったのだろうなと思いました。

 

熱帯雨林

もしかしたら一番好きな作品かもしれません♪。

いや、不倫ダメゼッタイですが(^_^;)

でも、こういう蠱惑的な話とか、人生に於いて踏み外してはいけない瞬間を物語で覗き見る 瞬間ってとてつもなく官能的だと思います。

 

異国で燃えるような恋に落ちて、一時はお互いに求め合い共に生きる未来を予感したのに、豪雨災害と少しのボタンの掛け違いから2人の関係は引き裂かれていきます。

いや、不倫だし引き裂かれたほうが良かったのかもしれませんが・・・。

でも、本当に愛すべき相手に出会ってしまったのなら?

有砂とサムの間に起きた致命的なすれ違いは悲劇と言えるのかもしれません。

 

「降る亜米利加に袖は濡らさじ」でサムの事情は明らかになりますが、彼が純愛を貫き通したのは本当に切なく思えました。

純愛の定義は?

僕は決して叶わないのが純愛だと思います。

 

有砂の息子が④で舞子を追い詰める鬼監督の根津監督なのですが、彼が後に母とサムとの逢瀬を目撃した想い出をインタビューで語る場面も好きですね。

そしてこの物語の本質を語ります。

変化前の香港は「借り物の時間、借り物の場所」と呼ばれていました。

いつかは中国の傘下に戻る宿命を背負った期間限定の南の楽園。そこで生まれた恋もまたいつかは終わる運命だったと母は捉えていたのかもしれない。

期間限定の楽園のような恋・・・。

それはどのような味がするものなのでしょうか?

 

⑥イット・レインズ・キャッツ&ドッグス

 「誰が悪いのでもない。見なければならないものに見て見ぬふりをし続け、知るべきものを知らないままにしてきた私が悪いのだ。見たくてはいけないもの、知るべきもの、それは私の心なのだ」

見るべきだろうか、知るべきだろうか?私も、私の心の奥底を。

 

鬼滅の刃』のカナヲじゃないですが、多佳子の心の声も少し小さくて誰かの大きい声に打ち消されてしまいます。

でもでも。

聞こえなかったり、届くのが遅かったりしていても、彼女の心の声はしっかりと発せられていて、何かを訴えているのだと思います。

 

夫の支配下に置かれていた多佳子が自分自身の声を聴いて、心のままに歩みだす物語だと思います。

 

⑦雨上がりの飛翔

 ある家族の爽やかな物語。

小説には、一瞬を切り取るような絵画や写真のような作品があるかと思いますが、「雨上がりの飛翔」はそのような作品であったかと思います。

 

そして、育むことがどのような成長を人にもたらすのか。

家庭を持って子供を産んで育むといったことだけではなく、なにか生命が育まれて巣立っていく瞬間に立ち会うこと。

その経験が人を大きく成長させることもあるのかもしれませんね。

 

⑧時雨の里

すごくしめやかでエロスを感じさせる作品だと思います。

隠されて禁じれている秘め事の、何という蠱惑的なことか。

 琢磨と芙紗子のさりげないやり取りや、伊玖磨と華苗の秘められた恋慕や・・・。

 

何か日本的な湿度を持った許されざる想いの物語ですね。

うん、好きだなぁ~。

お互いに惹かれ合いながら恋を葬り去るしかなかった二人の恋。

文章の端々に燃えるような恋慕の情がほとばしります。

 

⑨てるてる坊主

一転してホラーテイストのこの作品。

13の短編の中に色んな種類の作品があって飽きません。

次はどんな展開の物語になるのかな?と、ワクワクしますね♪

 

可愛いてるてる坊主にまつわる凄惨な由来。

今のように食料の備蓄がままならない時代に、天候は人の生死を左右する大事なものだったんでしょう。

そう考えると、てるてる坊主も一種の呪詛と言えるかもしれませんね・・・。

 

保育園のてるてる坊主の怪談が作り話だったあとのラストの場面。

噂や恐怖の念が絡み合って、忘れ去られた闇の中で怪異は育っていくのかもしれません。

 

⑩ノーベンバー・レイニー・ブルース

少し寂しくなるような、それでいて過去の時間に向けて優しくほほ笑みかけられるような素敵なお話でした。 

ノスタルジーを掻き立てられるようなすごく好きな物語です。

 

過去に置き忘れてきた忘れられない出来事、印象的な一瞬。

そんな古ぼけた記憶を手がかりに想い出を辿るムネに、一度だけ見かけたあの少女の謎が明かされます。

彼女は誰かが自分の過去の想いを理解してくれる、自分の絵の意味に気づいてくれるのをずっとずっと待っていたのかもしれません。

 

数十年の時を経て奇跡のような偶然から明かされる事実。

雨の日の魔法が、そのような小さな奇跡を起こすのかもしれませんね。

 

帯にも使われていますが、最後の文章もすごく好きです。

雨の日が好きだった。

それは今でも変わらない。

大人になった僕に、雨の日は非日常と、ほんの少し切ない郷愁を運んでくる。

 

⑪降る亜米利加に袖は濡らさじ

総理の藤枝が主人公ですが、帰化を願い出る世界的博士のサミュエル・ローのことが物語の中心になります。

第3者目線から、彼がいかに有砂を愛しているのか、また何故すれ違いが起きてしまったのかが浮かび上がってきます。

切ないすれ違いですね。

 

アメリカ大統領のブキャナンと藤枝のテンポの良い会話のシーンも面白いですね。

そして、アポロ計画へのアイロニー

何もかも究明することが正しいとは限らない。 

アポロ計画も、サミュエル・ローの真意も。

謎は謎のままにしておくほうが良いこともあるのでしょう。

 

⑫雨夜の品定め

 話の展開の仕方も好きで「えっ、そうなの?そうきたかー!!」みたいにどんでん返しで楽しく読めました。

揚羽=赤羽蝶子のキャラクターも良いですね。

 

0雨乞い

トラブルがあって仕事を中断したアイドルの話と思いきや、まさかの新解釈・天の岩戸!!

Episode0なのも納得ですね。

何しろ神話の時代の話なのですから(笑) 

 

いつも当たり前に登って輝いている太陽。

夏場なんかはギラギラ照りつける陽光が憎たらしかったりもします。

それでも、何日も雨が続いて太陽の姿が見られないと途端にお日様の光が恋しくなってきます。

燦々と降り注ぐ太陽の光のありがたみがわかるのも、雲と雨のお陰かもしれませんね。

 

 

5、終わりに

 

雨にまつわる素敵な13の物語。

読み進めながら、自分の雨にまつわる想い出を思い返したりしていました。

 

雨音に包まれながら夜のリビングで過ごす時間が好きです。

雨音とピアノの音が融けて混ざっていく。

屋根やベランダを叩く自然のハーモニーが心まで温かく湿らせていきます。

音楽も何となく雨の日に聴く音楽が決められていたり、DJしている時も雨の日にしかかけない雨にまつわる曲が何曲かありました。

 

『ザ・レイン・ストーリーズ』を通して間埜さんが持つバックグラウンドの幅広さに驚かされました。

特に香港についての記述など興味深く読ませていただきました。

文章も、 情景が可視化されて映像として浮かんでくるような印象で、まるで映画のような絵になる表現が印象的でしたね。

また続刊も楽しみにしております♪

 

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【映画】『さくら』

1、作品の概要

 

2005年に出版された西加奈子原作の日本映画。

2020年に公開された。

北村匠海主演。

小松奈々、吉沢亮が兄弟役で出演している。

監督は矢崎仁司

主題歌は東京事変『青のID』

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2、あらすじ

父、母、兄(一)、妹(美貴)、主人公(薫)の5人家族は新興の住宅地で犬のサクラと一緒に幸せに暮らしていた。

兄の一(はじめ)は、イケメンで運動神経抜群でまるで太陽のような存在だった。

妹も美形の両親のDNAを受け継いで、美しく成長していく。

薫は凡庸だったが、風変わりな一家の愛情の中ですくすくと成長していく。

何より兄の一は憧れの存在で、家族の幸せの中心にはいつもサクラがいた。

 

兄は中学の時に初めてできた彼女の矢嶋さんと深く愛し合うが、矢嶋さんの家庭の事情で離れ離れになってしまう。

失恋し失意の一は、交通事故に遭ってしまい・・・。

 

幸せだった一家の歯車は狂い始める。

 

バラバラになり絶望した家族は再生できるのか?

 


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3、この作品を観たきっかけ、思い入れ

 

元々西加奈子の原作『さくら』が好きで映画を楽しみにしていました。

映画は職場のコロナ規定もあり観に行けませんでしたが、DVDのレンタルが開始したので観ることができました。

原作のニュアンスをうまく汲んでいて、なかなか良い作品だったと思います。

hiro0706chang.hatenablog.com

 

 

4、感想・書評

 

いやー、とにかく美貴役の小松奈々が良かったです!!

奔放で小悪魔的で、何をしでかすかわからないような美貴を小松奈々が演じる・・・。

どちらかというと大人しめな役が多い印象の小松奈々なので、美貴役をうまく演じられているか心配でしたが、意外にめっちゃハマり役!!

喧嘩したり、奇行に走ったり、一の葬式でちょっとおかしくなって失禁してしまったりとちょっとアレなシーンも迫真の演技で演じていました。

好きな女優の1人ですね~。

 

吉沢亮の一役(中学生~大学生)はちょっと無理がある気がしましたが、北村匠海の薫役は素朴で控えめなところがいい感じだったと思います。

ただ、さくらが一家にとってどんな存在だったのかという部分とか、ラストシーンの暴走シーンはもう少し掘り下げて欲しかった気もしますが、総体的によくできた映画だったと思います(^O^)

 

 

5、終わりに

 

前半部分はとてもほっこりして、後半は苦しくなるんですが、ラストでは再生を描く。

やっぱり西加奈子の作品は良いな~と思いながら観ました。

どうしても原作と比較してしまいますが、登場人物のビジュアルや、エピソードなどを映像で観られて興味深かったです。

きいろいゾウ』も原作も映画も良かったな~。

 

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【映画】『劇場』~一番会いたい人に会いに行く。こんな当たり前のことがなんでできなかったんだろう~

1、作品の概要

 

2020年7月17日に公開された映画。

山﨑賢人、松岡茉優主演、行定勲監督作品。

音楽をサニーデイ・サービス曽我部恵一が担当。

原作は又吉直樹の長編小説。

 

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2、あらすじ

 

演劇に魅せられた永田は高校の友人・野原とともに上京して劇団「おろか」を結成。

劇団は上手くいかず、酷評される毎日の永田だったが、偶然路上で出会った沙希と付き合いだし彼女の家に転がり込むようになる。

夢を一心に追い続け演劇の脚本を書き続ける永田だったが、次第に自らの才能のなさを自覚するようになり自堕落な生活をするようになる。

そんな永田を懸命に支えて、愛し続ける沙希。

そんな2人の蜜月の日々に少しずつ亀裂が入り始めていく・・・。

劇場

劇場

  • 山﨑賢人
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3、この作品を観たきっかけ、思い入れ

 

以前から原作のあらすじを読んでいつか読もうと思っていたのですが、結局映画のほうを先に観てしまいました(笑)

又吉の作品は未読なのですが、これを機に原作の『劇場』も読んでいたいですね。

 

8月4日にレンタル開始したばかりだったのですが、ゲオで新作100円セールをやっていてソッコーGETしました♪

原作が又吉で、監督が行定勲監督で、主演が山﨑賢人、松岡茉優でおまけに音楽が曽我部恵一とかいうテッパンな映画でしたが、心にしんみり残る良い作品でしたね~。

 

 

4、感想

 

いやー、なんかしんみりとくる良い映画でしたー。

原作読んでないんで、原作ファンがどう感じたかとかはよくわかりませんが僕は好きな映画でした。

 

令和というより、昭和な感じがしましたがそこがまた良かったなぁ。

夢を追う青年とそれを支える彼女みたいな。

住んでるアパートもね、下北でワンルームとか。

部屋の感じもいい感じでしたね。

マンションじゃなくてアパート。

ホールとかなくて、オートロックとかもない感じの。

これが、お台場のタワマン住みのお嬢様だったら違う感じになったんでしょうがね(笑)

 

 永田は、昔の文豪とかみたいな見事なヒモっぷり。

ダメ男っぷりがハンパなかったですねぇ(^_^;)

いやな見方かもしれませんが、ヒモ男って自分を庇護してくれそうな女性を見つける才能に優れているのかなって思うぐらい永田のヒモっぷりはプロレベルでした。

まぁ、もちろんイケメンだからできる芸当なのでしょうが(笑)

 

山﨑賢人は、『羊と鋼の森』の繊細で真面目な青年を演じ、『キングダム』では破天荒で勢いのある少年を演じましたが、『劇場』では崩れた感じがある売れない劇作家の男を演じていてギャップに驚きました。

あんまりこういう悪い感じの役はやってなかったと思いますし、新鮮に感じました。

hiro0706chang.hatenablog.com

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物語もほとんど2人でいる時間を中心に作られていて、細かい心理描写や日常の何気ない風景が描かれていて良かったですね。

何というか描きたいものの対象がはっきりしていて、物語の密度が濃かったように思います。

やはり2人で暮らしていたあの部屋が物語のキーポイントだと思いますし、笑顔も涙も喜びも哀しみも全てがあの部屋で生まれて消えていったのだと思います。

 

初めて出会った時ってお互いに20歳頃でしょうか?

そこから6~7年一緒に暮らして・・・。

とても長い歳月だと思いますし、若い頃の恋愛ってどうしても変化が多くなる中で上手くいかなくなっていくのかな?

ちょっと前に観た『花束みたいな恋をした』を思い出しました。

『劇場』では、永田はずっと変わらずに沙希が関係を変えようとして壊れていった感じはありましたが・・・。

うん、とりあえず永田はクズやで!!

途中から劇作家であって夢を追い続けるポーズを取りながら沙希に依存していくというどことなく太宰治を彷彿とさせるようなクズっぷりを発揮していましたね。

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本当に沙希は美人だし、めっちゃ性格もいいし、なんで永田みたいな男を愛して尽くしちゃったんだろうって思っちゃいますが、ついに2人の家を出ていってしまう永田に対して不満が募って精神のバランスが壊れていきます。

高円寺に執筆用のアパートって。

結局、沙希に寄り添えなかった永田は彼女を失ってしまいます。

 

ラストシーンがとてつもなく好きです。

地元に帰った沙希が荷物を受け取りにアパートを訪ねて、以前永田の演劇に沙希が出演した台本をみつけて2人でお芝居をはじめる。

永田は台本にないセリフ。

もう2度と叶わない沙希との輝かしい未来の日々を語り始める。

この場面は本当に悲しいです。

まるで、壊れてしまった器に2人でずっと水を注ぎ続けるような空虚で寂しい場面だと思います。

 

場面が一変して演劇の舞台に。

2人の未来を話し続ける永田を客席から沙希が見守ります。

目に涙を浮かべて。

どこからが演劇だったのか(もしかしたら最初から?)はわかりませんが、青森に帰った沙希が久しぶりに永田の舞台を観に来たという場面だったのでしょうか?

「一番会いたい人に会いに行く。こんな当たり前のことがなんでできなかったんだろう・・・」

永田のセリフに沙希は流れ落ちる涙を堪えられませんでした。

失ってしまってもう戻らない何か。

ロックバンドのファーストアルバムみたいなまっさらなグルーヴ。

一度失ってしまうともう2度と手に入れられないフィーリングとエモーション。

そんなことを思わせる切ないラストでした。

曽我部のアコギの音が哀切に響きながら劇場の灯りは消えていくのでした。

 

 

5、終わりに

 

ラストが本当に秀逸で、ジンときました。

それでも永田はクソ野郎だけど(笑)

永田と沙希の7年間(勝手に推測)を演じた山﨑賢人と松岡茉優の演技力にも拍手です。

あー、やっぱ原作も読んでみたいなぁ。

 

そして、どさくさに紛れて音楽を担当している曽我部さんのサニーデイ・サービスの名曲を最後に貼ってみます♪


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【本】カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』~消えゆく古い世界を抱き締めて~

1、作品の概要

 

2005年発表のカズオ・イシグロ6作目の長編小説。

原題『Never Let Me Go』

2010年イギリスで映画化され、日本では2016年にTVドラマ化された。

2017年に日本にルーツを持つカズオ・イシグロノーベル文学賞を受賞したことで、日本でも注目を浴びた。

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2、あらすじ

 

外の世界から隔絶された施設である「ヘールシャム」で何人もの少年少女たちが共同生活をしていた。

厳しくも優しい保護官たちに見守られながら成長していく子供達。

キャシーは癇癪持ちの少年・トミーと、プライドが高いルースと仲良くなる。

16歳になってヘールシャムを後にしてコテージに移り住んだキャシーは、付き合い始めたトミーとルースとのトライアングルの中で揺れ動きながら大人になっていき、やがて仲間達と離れ離れになる日がやってくる。

 

クローン、臓器提供、介護人と提供者・・・。

自分達の酷薄な運命を受け入れながら生きる意味を探し続けるキャシー。

 やがて大人になって優秀な介護人となった彼女は、ルースとトミーと再会し過去のわだかまりを解くべくお互いに歩み寄り、ヘールシャムの秘密と謎に迫るが・・・

 

 

3、この作品を読んだきっかけ、思い入れ

 

最近はあまり海外の文学は読んでいませんでした。

英語を始めとする外国語を日本語の翻訳として読むのに何となく違和感があって・・・。

今いち感情移入できない部分がありました。

 

しかし日本をルーツに持つカズオ・イシグロノーベル文学賞を受賞したのを機にずっと彼の作品を読んでみたいと思っていて、ツィッターで『わたしを離さないで』がいいと書いている人が多くて気になっていました。

またストーリー的にも心惹かれる内容で、買おうかどうか悩んでいた時に図書館で見つけて借りてきました。

とても残酷で救いのないストーリーかもしれませんが、暖かくて懐かしいような僕が味わったことのないような物語でした。


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4、感想・書評(ネタバレあり)

 

①ヘールシャムでの思い出

物語は3部からなりますが、第1部はヘールシャムでの幸福な思い出とともに描かれます。

外から隔絶された箱庭のような特殊な環境ではありますが、仲間達と共同生活を送る日々はささやかな安寧と幸せに満ちていました。

何か孤児院のような環境にも思えましたが、その感想は当たらずとも遠からずといったところで家族もなく天涯孤独の身でした。

 

冒頭は、主人公キャシーが31歳になった現在の視点から描かれますが、最初に読んだ時は今いち意味がわかりませんでした。

介護人?提供者?センター?

そういった読者の疑問を置き去りにしながら、物語はヘールシャムでの生活の回想に入りますが正直最初の100ページぐらいは退屈で意味がわからない部分も多くありました。

子供時代のささいな諍いや、印象に残った出来事や謎をとても丹念に描いています。

 

読了したあと、何故これだけ仔細に子供時代の出来事や心理描写を重ねた理由がわかった気がしました。

ヘールシャムでの子供時代が光とすれば、16歳以降介護人、提供者となるべく運命づけられているキャシー達の運命は闇そのもの。

光が眩ければ眩いほど、落とす影の闇は深くなるのでしょう。

ヘールシャムでの楽しい思い出や、仲間との絆は、後に明かされる酷薄な運命の暗さを煌々と照らします。

 

後に提供者となるべく運命づけられたキャシー達ですが、冒頭でその事実を告げないことで読者はキャシーの痛みや希望、そして葛藤を血のかよった生身の人間のものとして共感します。

誰もが身に覚えのあるような経験や、親しみがわくような体験談。

しかし、それだけにキャシー達が臓器提供を目的に作られたクローン人間であると知った時の衝撃の大きさはひとしおでした。

もし物語の初めからこの事実が明かされていたならこれほどの衝撃は受けなかったと思いますが、丹念に描写された子供時代のあとだったからこの事実に驚き、キャシーたちに同情し、共感することができたのだと思います。

 

②残酷な運命

実はキャシー達はクローン人間で、ヘールシャムを初めとする施設はそんなクローン人間達を健康に育成して、やがて提供者として臓器の提供をさせるという衝撃の事実。

舞台は1990年末のイギリスとのことですが、2021年の現在でもクローン人間は実在しておらず、ある種の平行世界のようなSF的な舞台になります。

臓器を提供するクローン人間がいることで、今まで治らなかった癌のような病気を克服することができて人類全体が幸福になれる。

しかし、その「人類」にはキャシー達のようなクローン人間は含まれておらず。

彼女らの犠牲の上で世界の幸福と健康は保たれています。

 

現実の世界にクローン人間はいませんが、世界の幸福と不幸はゼロサムゲームで誰かが幸福になれば誰かが不幸せになる。

僕たちが幸福を感じている時に、地球の裏側では誰かが泣いているかもしれない・・・。

それでも現実世界では、命は等しく平等であからまな搾取は人権の名のもとに非難されます。

しかし、相手が人の手によって作り出されたクローン人間だったら?

親も身寄りもなく社会から隔離されて育てられた彼らは人類にとっての家畜のように扱ってもいいのでは?

 

こんな残酷な運命をキャシー達はうまくヘールシャムの日常の中で刷り込むようにさりげなく教えられて当たり前のものとして認識しています。

ある種の洗脳のような手法かもしれませんが、いつの間にか自分たちが臓器の提供者になり、誰かに内蔵を捧げて死んでいく運命をぼんやりと受け入れてしまっています。

物語の中でも、さりげない感じでこの衝撃の事実が物語に挿入されていてとても驚きました。

普通、もっと衝撃の事実として描かれるのだと思いますが・・・。

しかし、この不意打ちのような描き方がより運命の残酷さを引き立てていました。

 

物語終盤で大人になったキャシーは、ルースの介護人になり、トミーと3人で再会します。

ルースは、本来はカップルになるはずだったキャシーとトミーの間を引き裂きトミーとカップルになったことに対してずっと罪の意識を感じていて2人に対して許しを乞い、キャシーとトミーがカップルになって愛し合うカップルが提供者となることを猶予されるという噂に関してチャレンジしてみるべきだと提案します。

はっきりとは描かれていませんでしたが、とても微妙で繊細な心理描写の中でこの3人の三角関係について仄めかされていました。

キャシーはトミーの介護人になり2人は愛し合うようになり、トミーの4度目の提供の前に一縷の望みをかけてマダムに懇願に行きますが、噂としてあった愛し合うカップルが提供を猶予されるということ自体真実ではなく、本当は希望など一切用意されていなかったことを2人は思い知らされます。

 

介護人、提供者、提供、使命・・・。

オブラートな言葉でいくら包んでも、生まれた時から臓器を摘出されて他の人間に提供して死んでいくだけの存在・・・。

それがいつまでかだけの差はあっても、提供者として生を受けた人間達の運命は変わりはありません。

愛し合ったただ一人の人と人生最後の3年間を一緒に静かに暮らしたい。

たとえ、その後に待ち受けるのが定められた死であったとしても・・・。

そんなささやかな望みも叶えられることはなく、トミーは4度目の提供を終えて死にました。

 

4度目の提供で摘出されるのは心臓でしょうか?

4度目の提供までたどり着けない提供者もいるようでしたが、4度目の提供を終えた提供者は必ず死に至るようなことが書かれていたので、きっと胃や他の臓器を取って最後に心臓を取られて死に至る運命なのでしょう。

どこにも希望の光はなく、あっさりと最後の望みも打ち砕かれる。

無慈悲で残酷な世界がそこにはありました。

 

最後のトミーのこのセリフはとても印象的で、キャシーとトミーが運命に抗えずに死によって分かたれてしまうことを暗示しているのだと思います。

読んでいてとても悲しくなりました。

それにどこか達観して自分たちの運命を受け入れているようにも思えてきます。

物語全体に流れるこの諦観のようなものを強く感じます。

「おれはな、よく川の中の2人を考える。どこかにある川で、すごく流れが速いんだ。で、その水の中に2人がいる。お互いに相手にしがみついている。必死でしがみついているんだけど、結局、流れが強すぎて、かなわん。最後は手を離して、別々に流される。おれたちってそれと同じだろ?残念だよ、キャス。だって、おれたちは最初からーずっと昔からー愛し合ってたんだから。けど、最後はな・・・永遠に一緒ってわけにはいかん」

 

③魂はどこに宿るのだろうか? 

 この作品の一番大きなテーマはそのような残酷な運命を背負わされたキャシー達クローン人間たちの心や魂のあり方についてだったと思います。

ただ臓器を提供するためだけに生まれて死んでいくクローン人間にも魂は宿るのか?

人間らしい心や愛は?

 

いくら病気の人々の寿命を伸ばすためとはいえ、このような非人道的な振る舞いが許されるのか?

クローン人間たちもきちんとした環境で育てられれば人間らしい心や感性を愛を持つようになるのではないか?

マダムやエミリー先生のそんな問いかけを具現化した場所がヘールシャムであり、そこで確かにキャシー達は普通の人間と変わらずに泣いたり笑ったりして日々を過ごし、やがて誰かを愛するようになっていたのでした。

 

ただ同時にヘールシャムでも他の施設と同じように、いずれは提供者になって死んでいく運命を自然に受け入れるように教育していて、ルーシー先生は可愛い子供たちにそんな残酷な運命を強いる施設に憤りを感じて退職してしまったのでしょう。

そして、マダムの展示館の作品達。

造られた命であるはずのクローン人間が詩や絵画などで優れた作品を作れて人々を感動させるような作品を作れたとしたら?

もしかしたら造りものの命にも魂や心が宿っていることの明確な証明となるのかもしれません。

 

また、クローン人間として生まれて家族もおらず、誰ともどことも繋がっていない不確かさ。

自分の人生の主役ですらなくて、舞台に立つ資格も可能性も奪われてしまっている存在。

2部でのノーフォークへの旅とポシブル(DNAを提供した自分のオリジナルの人間)探しの合間にそういった悲しみはやるせない気持ちが溢れ出してきています。

だからこそヘールシャムの存在は、そこで過ごしだ楽しい日々の思い出は空っぽの心を温かく潤すスープのようなかけがえのないものであったのでしょう。

 

ヘールシャムがなくなってしまったらみんな風船みたいにバラバラに飛んでいってしまって、跡形もなくなってしまう。

ピエロが持っている風船と絡めてヘールシャムの閉鎖のことを書いた場面がありましたが、キャシー達クローン人間にとってヘールシャムという場所がお互いを強く結びつけていて、そこがなくなってしまうということが何を意味するのかを表現していたのだと思います。

 

タイトルである『あなたを離さないで』は作中の架空の歌手であるジュディ・ブリッジウォーターの曲ですが、複数の意味を持って物語に絡んできます。

僕は中でもキャシーがこの曲を歌いながら踊っているのを見かけたマダムが抱いたイメージがとても印象的でした。

僕たちが生きる世界には今のところクローン人間は存在せず(公表されてないだけかもしれませんが)このような無慈悲で残酷な世界になっていないように見えます。

しかし、もっとオブラートな形で搾取が行われていて、新しい世界=ディストピアが訪れようとしているのかもしれません。

「わたしを離さないで」と歌う幼い頃のキャシーの姿は、多少非効率でも温かい血がかよった「古い世界」の消滅を憂うカズオ・イシグロ自身のすがたであったのかもしれません。

「・・・あの日、あなたが踊っているのを見たとき、わたしには別のものがみえたのですよ。新しい世界が足早にやってくる。科学が発達して効率もいい。古い病気に新しい治療法が見つかる。すばらしい。でも、無慈悲で、残酷な世界でもある。そこにこの少女がいた。目を固く閉じて、胸に古い世界をしっかり抱きかかえている。心の中では消えつつある世界だとわかっているのに、それを抱き締めて、離さないで、離さないでと懇願している。わたしはそれを見たのです。正確には、あなたや、あなたの踊りを見ていたわけではないのですが、でも、あなたの姿には胸がはりさけそうでした。あれから忘れたことがありません」

 

 

5、終わりに

 

いやぁ、なかなかに衝撃作でした。

切り口がたくさんある作品だし、読み直すと色々な発見がありそうですね。

生命と倫理のタブーに切り込む作品であったと思いますが、そのテーマに触れていく手法と物語の展開の仕方が独特でどんどん引き込まれていきました。

正直、最初の100ページぐらいは退屈で意味がわからなかったのですが、そんな冒頭部分も読み進めるにつれて大きな意味を持ってきていて驚嘆しました。

 

ジョディ・ブリッジウォーターっていう歌手が本当にいるのかと思って調べてみましたが、架空の存在でしたね(笑)

ジョディ・ガーランドと、ディー・ディー・ブリッジウォーターを掛け合わせたような歌手のイメージなのではと他の方のブログに書かれていました。

95692444.at.webry.info

 

序盤を読みながらヘールシャムの雰囲気がめちゃくちゃ「約束のネバーランド」のグレイス・フィールドに似ているのに驚きましたね(笑)

噂には聞いてましたが、ほぼまんまですね。

でも、まぁストーリー自体は全く違うし、別に盗作とかそんな感じではないですし、『わたしを離さないで』のキャシー達が運命に抗えなかったのに対して、約ネバでは運命を変えて生き抜く姿を描きたいと思ったのかなとも感じました。

いや、脱線しましたが(笑)

 

色んな人が言っているように仏教的な諦観や、村上春樹的な要素を少しだけ感じたような気もしました。

カズオ・イシグロの他の作品もぜひ読んでみたいと思います。

 

 

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